天童作品には、他の小説にはない固有の「強さ」と「優しさ」がある。「強さ」を敬遠する人もいるが、愛読者にとっては、「強さ」は読み応えにつながるのでたまらなく魅力的なのだ。
この「強さ」は、無数の要素から成り立っているが、なんと言っても、テーマと物語、哲学とおもしろさが絶妙にブレンドされていることが大きいだろう。
天童は、デビュー作以来「心身の傷と痛み」、そして、「いのちと悼(いた)み」という、人間にとって根源的な問題をテーマに据え、ひるむことなくまっすぐに掘り進んできた。
そして、その営為を、繊細かつ骨太な文体、臨場感あふれる情景描写、魅力的な人物設定、見事な場面展開などなど、熟達した語り口で支えてきたのだった。
最新作『ペインレス』では、その「強さ」がより一層際立っている。
主人公は、鮮やかな施術で評判の、若くて美しく奔放な女性麻酔科医・野宮万浬(まり)。心の痛みを感じることができない彼女は、医学的にも個人的にも、痛みというものに異常なまでの関心をもつ。
人類は様々な苦痛から逃れるために文明を築き、生活を進歩させてきた。しかし、その結果は、絶え間ない悲惨な戦争、公害はじめ環境汚染、感染症の爆発的拡大など、滅亡への歩みが早まっただけだった。
さらに、傷や痛みを癒やすはずの愛も、逆に人びとを痛みの底へと追いやるものになっている。
万浬は、これまでに痛みと向き合い、挑戦を続けてきた先駆的な人びとの苦悩を知り、痛みについての考察をさらに深めていく。
彼女は、海外赴任中に爆弾テロに巻き込まれ、痛覚を失った会社員・貴井森悟(たかいしんご)に興味を抱き、性的な診察を申し込む。二人が初めて肌を合わせた時の、感覚と知性のすべてを注ぎこんだ、三十ページにも及ぶラブシーンは圧巻である。
痛みに支配されているこの世界と、どう向き合えばいいのか。二人の間に醸しだされた「愛」もからんで、凄絶な終幕が……。
『永遠の仔』、『包帯クラブ』、『悼む人』、これまでは、物語全体に作者の温かいまなざしが注がれていた。それが天童作品の「優しさ」であり、読者は登場人物と共に熱い涙を流した。
しかし、『ペインレス』では、作者はあえて優しいまなざしを封印した。だから、「強さ」が際立った。そしてこれは、さらに厳しくテーマに立ち向かおうという天童の決意を示しているのではないだろうか。
『ペインレス』は、ぼくが涙を流さなかった、初めての天童作品となった。
てんどうあらた/1960年愛媛県生まれ。86年『白の家族』で野性時代新人文学賞を受賞しデビュー。96年『家族狩り』で山本周五郎賞、2000年『永遠の仔』で日本推理作家協会賞、09年『悼む人』で直木賞受賞。『包帯クラブ』『ムーンナイト・ダイバー』等著書多数。
まつだてつお/1947年東京都生まれ。編集者。70年筑摩書房に入社、数々のベストセラーを手がけた。著書に『縁もたけなわ』等。