「幽霊の 正体見たり 枯れ尾花」

 椅子には怨念や魂が宿りやすいという。それを思い出すと急に怖くなってきた。座ると死ぬ椅子と言われる「バズビーズチェア」というものもある。絞首刑にされた殺人者の亡霊が取り憑いているという、イギリスで展示されている椅子だ。そういった例があるので、不審な椅子には不用意に座らないほうがいい。僕は座ったのだが。

『会社を辞めてバイクにまたがり今日も会いにいく 日本一周心霊ノ旅』より

 立ち上がって奥へと進んでいく。幽霊を探して天井の穴にも注意を払っていると、何かが穴から垂れ下がっているように見えた。何本もの細い何か……それは長い髪のように見えた。近づいてみると天井から垂れ下がる植物の根だった。「幽霊の 正体見たり 枯れ尾花」というのはこのことだ。

 このトンネルは全長777mもあるらしい。僕は北側の坑口から入っていたので、625m進んだところで途中の開けた鉄骨アーチへと出た。空気が一気に変わる。

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 同時に周囲の林からの音が聞こえてくる。ガサガサという音が聞こえるだけでも驚いてしまう。ここは通称「中庭」といって、昼間は撮影スポットになっているようだ。夜、しかも冬となると不気味な木のアーチに見える。

 そこから次のトンネルを進む。こちらは152mと短い。トンネルを抜けたところでUターンして、来た道を戻る。

何かが近づいてきてる気がする……

 しかし進んでいるうちに、僕の背中が突如として痛みを感じるようになっていた。霊がいるような不気味さがあると緊張してしまうのか背中が痛くなる。それに、何かの音がする。足音も聞こえる気がする。コー、コー、という音はネズミが威嚇している音に違いない。そう言い聞かせないと頭がおかしくなりそうだった。狭いトンネルを長時間歩いていると、心理的に余裕がなくなってくる。何かに後ろから追われているような気がしてならない。

「何かが近づいてきてる気がする……」

 早く帰りたい。早くトンネルから出たい。歩を進めていると、椅子が置かれているスペースまで戻ってきた。ここに定点カメラを置いて、また椅子に座っていた。

 どうしてまた座ったのだろう。何も起きはしなかったが、もう精神的に限界だった。

『会社を辞めてバイクにまたがり今日も会いにいく 日本一周心霊ノ旅』より

 やっとのことでバイクを停めているところまで戻ってきた。そうして僕はバイクに跨り、またもトンネルへと向かう。

 あんなに怖かったトンネルを、今度はバイクに乗って走る。心霊現象の多くは車に乗っているときに起こるから、バイクに乗ってトンネルを進んだらどうなるのかも確かめたかった。

 怖い怖いと言いながら、心霊現象を捉えるために体を張る根性もついてきた。バイクでトンネルの中央くらいまで走るといったん停めて、クラクションを鳴らしてみた。ライトを消すと、トンネルの奥から光が向かってきているのが見える。

 それは対向車だった。まさかこんなトンネルの中で車とすれ違うなんて。僕は一体何をしているのだろう。急に現実に引き戻された僕はUターンし、また長いトンネルを帰っていくことになった。

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