「海からのアプローチ」の必要性は強調するもの……
では、日本は病院船を導入することになるのだろうか。結論から言えば、現時点でその可能性は低いだろう。内閣府(防災担当)関係者の口ぶりも、慎重さを崩していないように見受けられた。
東日本大震災以降の病院船に関する政府の動きでは、2011年度には内閣府(防災担当)に「災害時多目的船に関する検討会」が設置されたが、結論としては災害時の「海からのアプローチ」の必要性は強調するものの、その手段については限定していない。そしてなにより、既存の高度な医療機能を備える艦艇が、「東日本大震災を含め、現在までに被災地の患者を治療した実績はない」と指摘し、その理由が十分に検証されていないとしている。その後の報告書でもニーズの有無や、ニーズに応えられていない問題などが検討されているが、この事実は重い。
さらに、東日本大震災で『和平方舟』の派遣を断った理由を文字通り解釈すると、広い地域で予想される津波災害では、病院船の運用は大きく制限されることになる。こうなると、東日本大震災を契機とした病院船構想は、前提からして大きな問題を抱えていることになる。もちろん、溺死者が多く、重傷者が少ない特色のある津波災害以外で、病院船が活躍できる災害は十分ありうる。ただ、現状いきなり建造するには、リスクが大きいのではないだろうか。
平時はがら空きの大病院を建設するに等しい
こういった事情もあってか、現状の内閣府(防災担当)で積極的に行っている「海からのアプローチ」は、災害時に既存の自衛艦や民間船舶に医療モジュールを搭載し、高度な医療機能を臨時に備えさせる試みだ。
海上自衛隊の輸送艦『しもきた』に、陸上自衛隊の野外手術システムを搭載させたり、防衛省がチャーターする民間のカーフェリー『はくおう』に日本赤十字社のdERU(国内型緊急対応ユニット)を搭載させ、海上の医療拠点とする実証訓練を行ったりしている。多くの国で見られる艦艇の多目的化と同アプローチで、専用の病院船と比べると機能面で劣るかもしれないが、コスト面では妥当な取り組みだろう。
病院船あるいは災害時多目的船の建造を否定するわけではない。ただし、病院船を建造するとなると、平時はがら空きの大病院を建設するに等しいことに留意しなければならない。医療要員の確保などの課題も多い。
今回の『マーシー』来日、そしてつい先日の大阪の地震が、来るべき災害への備えを考える機会となることを願っている