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東海道線の“ナゾの終着駅”「国府津」には何がある?

そもそも「国府津」って読めますか

2018/09/03

genre : ライフ, 社会, 歴史

籠原や小金井を圧倒する駅の規模

 さらに改札口を出てみると、これまたびっくり。改札こそ小さいけれど、駅舎は立派な駅ビルなのだ。もちろん駅ビルと言っても別にルミネとかアトレが入っているわけではなくて、JRの事務所として使われていると思しき無機質なコンクリートビル。よく見ると、「国府津運輸区」の看板が掲げられた入り口があり、この駅ビルの中では東海道線を股にかけて働く運転手さんや車掌さんの詰め所があるようだ。その証拠に、列車到着時に乗務員が交代するシーンもしばしば見かけることができる。いやはや、籠原や小金井の方々には申し訳ないけれど、駅の規模という点では圧倒的に国府津駅が優っていると言わざるを得ない。

鉄筋4階建ての立派な駅舎ビル

開店130年! 東海道線初の駅弁屋

 そしてさらにさらに、駅の外を少し歩くと圧倒的な存在感を持って駅前に佇むひとつのお店。「駅弁」の幟を掲げた弁当屋の東華軒である。なんとこの駅弁屋さん、東海道線で初めて駅弁を販売した店なのだという。ちょっとお店の人に話を聞いてみると……。

「この間、開店から130年を迎えたばかりなんです。最初は握り飯とたくあんだけという素朴なお弁当だったみたいですけれど。昔は国府津駅のこのあたりももっと賑やかだったみたいでね、今は小田原駅とかでもお弁当を売っていますが、ルーツはここ国府津駅。『学生のころよく食べたからね』と言ってわざわざ買いにくるような方もいるんですよ」

国府津駅前に並ぶお店
130年前から駅弁を売っていた東華軒

 東海道線の駅弁といえば、特に首都圏ではシウマイでおなじみ「崎陽軒」が有名だろうか。が、この国府津駅の東華軒さんは崎陽軒よりも古い歴史を持っているというわけだ。しかし申し訳ないけれど、駅の周りは他に特に目立った町があるわけでもなくて、駅の裏手には山も迫っている。こんな“辺鄙”な場所で一体どうして“東海道線初”の駅弁が生まれたのだろうか。