JR東海が建設を進める「リニア中央新幹線」。大阪・関西万博ではJR東海によるテーマウィーク「リニア中央新幹線がもたらすインパクトの最大化~リニアで未来はどう変わるのか?~」という対話プログラムが行なわれた。今回「文藝春秋PLUS」では、脳科学者の茂木健一郎さんにその様子を見てもらいながら、「リニア中央新幹線がもたらすもの」をテーマに話を聞いた。
聞き手●村井弦(「文藝春秋PLUS」編集長)
――リニア中央新幹線(以下、リニア)の開業には注目されていますか?
茂木健一郎(以下、茂木) 子どもの頃から、いつリニアができるのかということを楽しみにしていたんですけど、未来の乗り物がやっと自分たちのところに来たなと。リニアと共に、子ども時代に夢見ていた未来が近づいてきたなという気持ちです。
論点① 災害に対応する日本の大動脈の二重系化
◇東海道新幹線の一日あたりの利用者はおよそ46万人で、東京、名古屋、大阪という日本の大動脈を結び、経済活動や社会の活性化に大きく寄与している。
◇しかし、東海道新幹線は開業から60年以上が経過しており、将来の経年劣化や南海トラフ巨大地震などの大規模災害に対する抜本的な備えを考えなければならない。現在は東海道新幹線が1本で担っている日本の大動脈輸送を、リニアによって複数の系列に分ける=「二重系化」を進めていく必要がある。
◇リニアは品川・名古屋間の約86%がトンネル区間である。地震の揺れは地下深くなるほど小さくなることから、リニアは地震の揺れの影響を受けにくい。また、超電導磁石による10cmの浮上走行も地震に強い要素。さらに、リニアの車両は、ガイドウェイという側壁に囲まれて走行するため、脱線しない構造になっている。
――茂木さんは昨年1月に能登半島地震の被災地に赴いたほか、東日本大震災では震災に関するアンソロジー本の代表編著者にもなっていました。常日頃から震災についてかなりアンテナを張っていると思いますが、都市圏を結ぶインフラを二重系化する必要性についてはどう考えますか。
茂木 東京、名古屋、京都、大阪と、産業の面でも文化の面でも大切な大都市が連なっているところを結んでいるわけですから、東海道新幹線はわれわれの生活になくてはならないものですよね。最近だとインバウンドの方にも大変人気です。
ただ、いざというときに東海道新幹線だけでは対応できなかったり、あるいは不通になってしまうということもあるかもしれません。リニアが通ることで、万が一のときのバイパスにもなるのは大きいですよね。

あと、個人的にすごく楽しみにしているのが、リニアができることで東海道新幹線に少し余裕が生まれて、昔みたいに食堂車が復活したり、いろんな形態の旅が楽しめるようになるんじゃないかと。今は輸送が最優先ですけど、リニアが名古屋や大阪までの迅速な移動を支えてくれることで、東海道新幹線はもっと“楽しむ乗り物”になっていくかもしれない。品川駅に行って、そこから新幹線で行くのか、それともリニアで行くのか。選択肢が増えることでライフスタイルの多様性も生まれると思うので、そういう意味でも、人々の生活をより複線的に支えてくれると思います。
――GDPの成長とともに運転本数を増やしてきた東海道新幹線ですが、災害が起きた場合に不通になってしまうリスクもあります。この影響の大きさについて、どのようにお考えですか?
茂木 まず、自然災害も多い今の日本で、これだけ正確に新幹線を運行してくださっている方々には感謝しかないです。よく外国の方が冗談で、「2分遅れで東京駅に着いたら『大変ご迷惑をおかけしました』とアナウンスが流れる」と言いますが、それくらい正確に運行しているのは本当に素晴らしいことだと思います。
でもやっぱり、いざというときのためにもう一つのルートがあると安心ですよね。リニアはルートも違いますし、走行区間の大半がトンネルなので、風や雨といった天候の影響も受けにくい。そういう意味でも、リニアにはすごく期待しています。
――リニアの開業によって、物理的に距離が離れていた3大都市圏が機能的に統合を果たして、都市機能を分散できるんじゃないかという話も出ていました。
茂木 都市機能がリニアによって分散されていくメリットというのは、開通する前に色々想像するのも楽しいんですけど、開通した後に色々生まれていくんだと思うんですよね。新しく生まれたインフラを使いこなしたり、あるいはそのインフラに合わせたライフスタイルを生み出すのにはちょっと時間がかかるので。
それから脳科学者としては、脳腸相関も気になるポイントです。脳と腸内細菌が非常に密接に結びついてるということはよく知られていますが、実は腸内細菌って、人が行き来することによって“シェア”されるんですよ。僕は名古屋の味噌文化が好きで、よく仕事で名古屋に行っては味噌カツとか味噌煮込みうどんとかをいただくんですけど、おそらく名古屋の方とちょっと腸内環境が似たような状況になってるんじゃないかと思うんです。同じものを食べている家族の腸内環境が似ているのと同じことですね。そういう形で脳だけではなく身体を含めて、日本中の人が各地を行き来することで色々楽しいことも生まれてくるんじゃないでしょうか。

あと忘れちゃいけないのは、3大都市圏の外側の方にとってもすごく影響があるんですよね。東北の方が名古屋に行くのも早くなるし、中国・四国地方の方が東京に行くのも早くなる。3大都市圏を含む人の流れのネットワークが密になることで、今までと違った日本が生まれてくるんじゃないかなと思います。
論点② 東京・名古屋・大阪が一体となる巨大都市圏形成の経済効果
◇日本の人口の半分以上を抱える地域がリニアで繋がり、1つの巨大な都市圏が誕生する。会いたい人に会いやすくなることで、様々な化学反応が起こってイノベーションの創出につながることが期待される。
◇リニアと今や空気のように不可欠な存在となったデジタル技術が一緒になることによって、これまでとは全く違う世界が到来する。未来を一人ひとりが自分ごととして考え、思考停止せずに多様な可能性を模索することが重要である。
――リニアが開通することで、日本の人口の半数を超える合計約6600万人の巨大経済圏が誕生します。これは世界でも群を抜くイノベーションの拠点になりうるのではないかという話がありました。
茂木 まずはリニア自体が素晴らしい最先端技術の塊であるということに注目したいですね。リニアの運行技術などに子供たちを含めてみんなが関心を持つことによって、技術立国としての天井が青空のように無限に広がっていくと思います。
一方で、東京、名古屋、大阪と、各地にそれぞれ素晴らしい大学があって、その大学の周りに今、スタートアップのエコシステムができています。東京大学の松尾豊教授が生み出したAIのスタートアップのエコシステムには非常に注目していますし、大阪大学も実学志向の素晴らしい研究をされていて、名古屋ではもちろん世界的な自動車メーカーを中心としたエコシステムがあるわけです。実はそれらのエコシステムは、これまでも東海道新幹線でお互いに行き来して関連しあっているんですよ。その関係が今以上に密接になると思います。
逆に海外から見ると、今まで日本観光のゴールデンルートと言われていた東京、名古屋、大阪が、もうシリコンバレー的な一体となったベンチャーの拠点なんだっていう見方が出るかもしれませんよね。そのあたりの心理的な効果も含めて、非常にインパクトは大きいと思いますね。
――1つ目の論点でも出ましたが、3大都市圏以外の地域にも良い影響が波及していくというのは、イノベーションの面でも同じですよね。
茂木 リニアや新幹線の話になると、どうしても大都市ばかりに注目が集まりがちなんですけど、たとえば名古屋だと、岐阜や飛騨地方、伊勢や三重の地域とも繋がっています。僕もご縁があっていろんな場所に行きますが、やっぱり点と点を結ぶだけじゃなくて、面として共鳴する効果はすごく大きいと思います。
交通インフラがもたらす影響は、単に移動が便利になるだけじゃなくて、その周りにいる人々の生活や繋がりまで広がっていく。そういう想像力を持つことで、インパクトの大きさがより見えてくるんじゃないかなと思いますね。
――近年はAIをはじめとしたデジタル技術がものすごい勢いで進歩しています。リニアはリアルな人流の革命とも言えますが、デジタルの発展とリニア開業の2つが組み合わさったときのシナジー効果についてはどう考えていますか。

茂木 リニアは超電導で浮上しますよね。その関連技術にも、ITとかAIはものすごく使われていると想像しています。ですから、リニアそのものがITやAIという、これからどんどん発展していくものの1つの集大成だと思うんですよ。そういうものがインフラのもっとも大事なところに現れるというのは、インパクトが大きいですよね。
アポロ11号が月に行ったことによって多くの子どもたちが宇宙テーマにインスパイアされたわけじゃないですか。アナウンス効果というんですが、リニアの開通でも同じように、日本のサイエンスやテクノロジーに対する関心が高まるだろうなと。日本では科学技術系の人材不足、特に女性がなかなかサイエンスやテクノロジーの道に進んでくれないということが国としての課題になっているわけですが、そんなところにもリニアの開通が心理的な影響を与える可能性もあります。
アメリカの3大ネットワークやCNN、BBCといった海外のメディアは、目を輝かせてリポートすると思うんですよ。そういう海外の反応が日本に逆輸入されて、日本のサイエンス文化のすごさを多くの子どもたちが知ることで、科学技術立国としてのプライドやチャレンジ精神が生まれてくれたらいいなと思います。
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source : 文藝春秋 PLUS動画

