私を育てた「理想の国」復活を願う

特集 トランプは破壊者か革命家か

国谷 裕子 ジャーナリスト
ライフ 政治 国際
国谷裕子氏 ©文藝春秋

 人種差別撤廃に向けて長く厳しい道を歩んできた歴史を持つアメリカでは、差別につながる言動への慎重な配慮がいわば常識になっていた。特に社会的地位の高い人物には、高い倫理規範、政治的正しさが求められてきた。しかし、去年の大統領選挙戦中にトランプ氏が時計の針を逆戻りさせる発言を繰り返し、就任早々イスラム圏7か国からの入国を制限する大統領令に署名したことで、人種差別が頭をふたたびもたげてしまった。歴史は後退してしまうのだろうか。

 去年11月の大統領選挙直後、サンフランシスコ周辺にある2つの日本人町を訪れたが、そこで案内してくれた日系人の大学院生から、日系人に向けられるヘイトスピーチが起きていると聞いた。今後ヘイトクライムなどの被害も心配だと不安げに話していたのだ。日系アメリカ人は第二次世界大戦中、ルーズベルトが署名した大統領令9066号により、12万人もの人々が強制収容所に入れられ、苦労して築いた地位や財産のほとんどを失った経験を持っている。それだけに、アメリカ社会の空気の変化にとりわけ神経質になっていても不思議ではない。

 トランプ政権はイスラム系移民への登録制度を検討していると伝えられたが、この登録制度について有力支持者は昨年テレビのインタビューで、日系人強制収容所を引き合いに出して説明した。この発言に対して全米日系人博物館は直ちに抗議をしている。アメリカの恥ずべき歴史として記録されているはずの収容所を、前例として取り上げられたことへの懸念、怒りは想像しても余りある。

 1960年、私は初めて渡米した。3歳だった。銀行員だった父が選んだアパートはニューヨーク郊外のクイーンズ地区にあった。奇しくもトランプ大統領が生まれ育ったのもこの町だという。小学校1年になった姉がクラスメート21人と並んで写っている写真が残っている。女の子はみんな色とりどりのワンピース、男の子は長ズボンにシャツ姿。白人の子供たちの中に姉はたった1人の日本人。妹を出産した母の留守中、ベビーシッターとして私たち姉妹の世話をしてくれたのは真っ白なエプロンをつけたアフリカ系アメリカ人女性だった。

 このころ人種差別や人種隔離の撤廃を求めた動きがアメリカで活発になっていた。マーティン・ルーサー・キングがワシントンで差別の終焉を呼び掛けた有名な「I Have A Dream」演説を1963年に行っているが、私たち家族は白人の子供が圧倒的に多い地区の中で、とても珍しい存在に見られていたに違いない。その証拠に幼稚園に通っていた私に、興味津々で園児たちがぞろぞろ家までついてきて、母はどんなおやつを出せばいいのかわからず戸惑ったという。

 こうして人種問題が大きな社会問題になっていたアメリカで幼少期の3年間を過ごしたが、私は日本人であることや肌の色が違うということで嫌な思いをした記憶はない。むしろ日本に帰国してから日本語が話せなかったため、「ヤンキー、ゴー、ホーム!」と言われたことに戸惑ったことが思い出される。

 1970年代後半には、私は大学生として二度目のアメリカを体験した。大学には、アフリカ系やアジア系アメリカ人、留学生も多くいた。特にユダヤ系の学生が多く、宗教的な理由で食べるものが違ったり祝日が異なったりすることなど、多くの習慣が異なることを学んだ。

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source : 文藝春秋 2017年04月号

genre : ライフ 政治 国際