マルクス主義の復活? バカいうな

渡邉 恒雄 読売新聞主筆
ニュース 政治

21世紀に「共産党宣言」など通用しない。牽強付会なNICレポートを喝破する

渡邉恒雄氏 ©文藝春秋

 本誌二月号で、評論家・立花隆氏による『最先端技術と10年後の「日本」』を掲載した。立花氏は記事の中で、昨年十二月十日、アメリカの国家情報会議(NIC)が発表したレポート「グローバルトレンド2030」を紹介。同レポートにコラムの形で挿入されている「Marx Updated for the 21st Century(二十一世紀版に更新されたマルクス)」と題されたエッセイについて、「SF仕立てだが、なかなか示唆に富む」と語っている。二〇二八年に発表されたという体をとっているこの架空エッセイは、マルクス理論のような階級闘争が新たにEUやアメリカ、中国、アフリカなど世界中で起きていると指摘する。

《数年前(つまり二〇二五年)に起きたEU崩壊は、マルクス主義的必然性の典型例だった。ある意味、私たちが目にしたのは「搾取的なブルジョワ階級」対「やられっぱなしのプロレタリア階級」という階級闘争の構図が、北欧諸国対南欧諸国という形に置き換わった姿だった。(略)マルクスは階級闘争が永遠になくならないことを知っていた……》

 今回、この架空エッセイを渡邉恒雄読売新聞グループ本社会長・主筆に読み解いてもらった。渡邉主筆は東京大学の学生時代、共産党に入党し、その後除名された過去を持つ。それから六十五年。マルクス主義が復権する世界は本当にあり得るのか――。

 私は終戦直後の一九四五年十二月に代々木の共産党本部の門を叩き、入党申込みをした。それから一九四七年の二・一スト後、マルクシズムに対する理論的懐疑、特に唯物論哲学では、人間の道徳、人格の価値がまったく位置づけられていないことを知り、「主体性論争」を当時東大細胞の指導部員(キャップと呼ばれることもあった)として提起した。多くの学生党員に支持され、それを警戒した党本部は、私を除名、東大細胞全体を「解散」処分にした。

 終戦直後の学生たちは、マルクスの「共産党宣言」とエンゲルスの「空想から科学へ」くらい読めばマルクス主義を会得したと思い、続々と共産党に入党したものだ。敗戦直後の瓦礫の原野と化し、私財をほとんど失った人間から見れば、共産党宣言は国と社会を改革する最良の指針となっても不思議はなかった。

 ちなみに、マルクス主義が理論体系として完成されるのは、「共産党宣言」より約二〇年後の一八六七年から九四年にかけて刊行された「資本論」による。一八八三年にマルクスが死去した後、親友のエンゲルスによって完成された。「資本論」は商品と貨幣の関係、剰余価値の発生、労働賃金と資本の蓄積過程など資本主義的生産のすべての過程を分析した経済学上の古典的名著であって、戦後一時東大の経済学者は、「マル経学者」に占拠されたほどである。

「共産党宣言」は無効化した

 しかし、この理論は一八四八年前後の欧州諸国での革命連発時代で、諸国民の置かれた産業社会の階級対立の中で構想されたものだ。確かに、当時の産業社会は矛盾に満ちていたが、後述するように二十一世紀の世界とは政治、経済を含む産業社会構造は、まったく異質なものとなっている。

 二十世紀の初期、一九二九年十月二十四日の「暗黒の木曜日」のウォール街大暴落に端を発した世界大恐慌に始まるデフレは十年余も続き、マルクスの言う資本主義の大矛盾としての社会混乱が起きていた。四人に一人の失業者、食糧過剰の中で貧困と飢餓が生じた。農産物をはじめとする物価大暴落による農民の窮乏、中産階級の所得の低下等、プロレタリアートの蜂起の条件は完璧に備わっていた。

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source : 文藝春秋 2013年03月号

genre : ニュース 政治