著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、三浦崇宏さん(クリエイティブディレクター)です。
父は八十六歳、現役のダンサーだ。社交ダンスでもヒップホップでもない。「舞踏」という前衛的な、不可思議な動きをする独特の踊りだ。
若い頃は、このジャンルでは第一人者だったようで、世界中で踊っていたらしい。彼が四十六歳の時、長男のおれが生まれた。そのタイミングで現役を退き、美術関係の会社をはじめた。最初は調子が良かった時もあるようだが、すぐに経営は行き詰まり、いろんな人に迷惑をかけた上に会社を畳んだ。その後は母と離婚し、失踪したような感じになっていたが、おれが会社を立ち上げて、サラリーマンよりは稼げるようになった頃に家族と合流。母と再婚し、両親のために借りた家で暮らし始めた。今から六年前。おれが三十四歳。父が八十歳の頃だ。
住まいとともにスマホを手に入れた父は意外にも積極的にSNSで発信し始めた。それがきっかけで昔の舞踏仲間に発見され、伝説のダンサーとして三十年以上の時を経て復活を遂げた。ペルーでの舞踏のフェスに招待されたり、映画に出演したり、六本木のショーに出たり、パリで公演したりなど、こちらが困惑するほどの活躍を見せている。インターネットの可能性って凄いよな。
父の踊りは、正直おれにはわからない。それでも、復帰直後は年齢もあって心配になり、ペルーでの公演を見届けに行った。「この舞台で死ぬのかもな。それも幸せだよな」なんて考えていた。息子の心配を差し置いて父は元気に異国の高地で踊り切った。
この六年間、父の舞踏のスポンサーを続けてきた。はじめは、父が元気でいてくれるだけで嬉しかった。しかし、人間は欲深い。最近は自分の中に「父でバズりたい」という下品な欲望が湧いてきた。異常に元気な老人の意味不明な踊り。でも、たしかに本気の踊りが、突然SNSでバズってくれないかと願い始めている。
それで最近はたまに父と出かける時に、「ちょっと踊ってみてよ」と唆(そそのか)し、踊りをスマホで撮ってはSNSに載せるようにしている。今のところ、まだバズる気配はないが、父はまだまだ元気なので、続けていこうと思っている。
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