著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、会田 誠さん(美術家)です。
ネットで少なからぬフェミニストから蛇蝎のごとく嫌われている僕は、思わず「自分の母親はフェミニストだ」と応えたことがある。「は? それが?」と返されただけだが。
嘘はある。母はフェミニストという言葉を使っていない。ただ「昔は『男子厨房に入るべからず』なんて言葉があったけど、これからは『入るべし』ですからね」などと言いながら、幼い僕に皿洗いの手伝いをさせた。「男女平等」という言葉はよく使ったし、テレビのニュースで「ウーマンリブ」という言葉が出てきたら、解説しつつ賛意を示した。
母は終戦時に十歳。戦後民主主義の中で人格形成し、地元の新潟大学を出て、中学の理科の教師になった。のちに新潟大学で社会学を教えることになる父とは見合い結婚(双方の父親が田舎の校長同士なので、親族の教師率が異様に高い)。
第一子(僕の姉)を出産しても教職を続けていたが、子守りを頼んでいた母親(僕の祖母)が癌に倒れ、看病のため泣く泣く退職。「専業主婦」という称号は受け入れ難いものがあり、「青少年健全育成」的なボランティア活動でスケジュール帳を常に埋めていた。
おそらく母の理想とした女性教師像は「二十四の瞳」や「赤毛のアン」。化粧気はなく、髪は短く、常にズボン。見た目はNHK「連想ゲーム」に出ていた佐良直美に似ていた。「いつまでも“女”な母親」から子供が受ける益とも害とも僕は無縁に育った。
封建道徳と軍国主義を大雑把に纏め「マッカーサーが来てくれる前の日本はすべて旧弊」と思いこんでいる節があった。例えばチャンバラ。痛快時代劇も大河ドラマも、刀が見えた途端「人殺しはイヤ」と言って席を立った。ちなみに「文藝春秋」も菊池寛も「なんとなく右寄りで嫌」と思っていただろう。
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source : 文藝春秋 2024年4月号