片山杜秀『歴史は予言する』

今月のイチ推し新書! 第2回

平山 周吉 雑文家
エンタメ オピニオン 読書 歴史

100年寿命の名コラム

 キーボードから放たれ、巷に溢れかえる言論は1日の寿命で満足する。そんな時代に雑誌の言論はどれだけのニーズと寿命があるのか。

 本書は令和改元と共に始まった「週刊新潮」の写真コラム「夏裘冬扇(かきゅうとうせん)」の集成である。かつての山本夏彦、藤原正彦の後任にあたる。夏彦コラム正彦コラムは、これを言ってもらいたかったと読者が溜飲を下げるドリンク剤だったとすれば、片山杜秀『歴史は予言する』は違う。何が飛び出してくるかまったく予想がつかない。正論でも異論でも極論でもなく、スルスルと軟体動物のように「歴史」の迷宮に入り込み、驚きの地平を見せてくれる。最低でも100年を単位とした物差しが無尽蔵に用意され、森羅万象が怒濤のクレッシェンドで料理される。言論の寿命のほうも100年保証でお徳用だ。

片山杜秀『歴史は予言する』(新潮新書)968円(税込)

 そもそも「令和」の世を開くきっかけになったのは、現上皇の生前退位とビデオメッセージだった。それは「吉と出るか、凶と出るか」。コラムは伊藤博文の1000円札と岩倉具視の500円札の話題から始まる。伊藤と岩倉とは、「天皇は黙って御名御璽(ぎょめいぎょじ)」という明治憲法体制を作った張本人である。心配性の伊藤は皇室典範も用意して万全を期した。そこには現上皇の高祖父・孝明天皇の「大活躍」という「苦い記憶」があったからだ。天皇の強い意思表示は困る。天皇制の存続に関わる。この仕組みは敗戦を超えて延命した。「だが、革命は起きた。今回の代替わりはとてつもなく新しい」。

「皇族の結婚相手に問題あり! 令和の御代の話ではない」。では、いつの?「明治維新から間もない頃の出来事である」。明治天皇の叔父・北白川宮能久親王がその人で、ドイツ貴族の未亡人と勝手に婚約した。「かくも勝手な宮様があらわれては、国民が皇族をなめてかかるきっかけ」となりかねない。旧皇室典範が皇族の結婚相手を制限したのは、この騒ぎがあったからだった。

 政界に目を移せば、安倍長期政権は、下り坂なのに、上り坂の日本しか「認めたくない国民の情」を束ねた「錯覚の政治」だったのではないか。20代の岸田文雄の「遠い目をしては、腕時計を眺めるばかり」の姿も活写され、そこに安岡正篤の「吞気な遺伝子」もよぎる。

 田中邦衛の顔に「まつろわぬ民衆の原像」を見、日本海か「東海」かには、太平洋を「新日本海」に改めようとした平出英夫海軍大佐を想起する。幼い日の記憶も、埋もれた歴史も動員される。四半世紀前の「週刊SPA!」の名コラムニストの成熟した言論が頼もしい。

もう1冊 吉見俊哉『さらば東大――越境する知識人の半世紀』(集英社新書)東大を演劇論的に解体する、社会学者の最終総括

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source : 文藝春秋 2024年3月号

genre : エンタメ オピニオン 読書 歴史