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男性は義娘と……「強姦冤罪事件」が起きた背景には複雑すぎる家庭事情があった

被害者とされていた少女は、男性が再婚した妻の連れ子の娘

2019/01/22

genre : ニュース, 社会

 1997年、A子さんは夫のDVが原因で離婚。夫から逃げるために、やむなく2人の子供を実家に預けて、地方の旅館に住み込みで働き始めた。

 その後、2番目の夫となる人物と知り合い、旅館をやめて別の地に移住した。2番目の夫との間にも3人の子供をもうけ、前夫との間にできた被害少女とその兄を引き取ろうとしたが、「20歳になるまでは子供2人はこちらで育てる」と男性に反対されたという経緯もあった。

「自分のことはもういいが、娘のことは許せない」 

 その結果、被害少女も年頃になると、同じようにわいせつ行為を迫られたという“事態”が発生し、母親であるA子さんは「自分のことはもういいが、娘のことは許せない」と激怒。男性を問い詰めたが、身に覚えのない男性が否認し続けることから、警察に相談したのだった。

 被害少女のB子さんは告訴後、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症。この点について、弁護側は「告訴前にはそのような症状は生じていないのに、告訴後に初めて発症していることは、告訴や被告人の逮捕などにより、B子さんに精神的ストレスがかかったことを意味し、B子さんの供述がウソであることを裏付けている」と主張したが、裁判所は「B子さんは誰にも打ち明けられないまま、真に被告人から長期間にわたり、強姦等の性的な被害を受けていたからこそ、その被害を周囲の者に打ち明け、それが捜査の対象になるに及び、一気にこのような深刻な症状が現れ出たと解するのがはるかに自然である」(一審の判決文より)と解釈した。

2015年10月、再審無罪判決を受けて記者会見した男性  ©共同通信社

 2009年5月15日、大阪地裁は計4回の審理を経て、男性の主張をすべて退け、懲役12年を言い渡した。その法廷には事件の関係者がすべてそろっていたが、「無罪だと思っていた……」とつぶやいたのは男性の妻だけだった。

「被害者の供述は信用できる。母親が自分の子供を使って、虚偽の告訴をさせたとは考えられない。被告は祖父の立場でありながら、嫌がる孫にわいせつ行為を繰り返し、醜悪である。その母との性行為にも懲りることなく、大胆にも自宅で犯行に及び、妻の不在を見計らうなど、常習性があり、悪質である。孫の精神的被害は甚大であるのに、被告は反省もしておらず、同女を躊躇する思いもない」(杉田宗久裁判長)

冤罪はなぜ起きたのか?

 結果的に甚大な精神的苦痛を被ったのは男性の方であるが、すでに刑事補償として2800万円は受け取っている。

「証言は具体的で信用できた。職務上尽くすべき注意義務を怠ったとは認められず、女性らの供述に基づき、男性に有罪と認められる嫌疑があると判断したことは不合理ではない。通常要求される捜査を怠ったとまでは言えない」(国家賠償請求訴訟の判決文より)

 これが裁判所の本音なのだろう。ちなみに杉田裁判長は一連の誤判騒動が明るみに出る前に、2013年12月25日、肺ガンにより死去している。

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