2025年に待ち構えている危機
救命救急センターが高齢者でいっぱいになると、何が起きるのだろうか。
「それはもう、高齢者治療に追われ、若い人の突然の病気に対応できないんですよ。先日も40代男性の会社員が心筋梗塞(こうそく)を疑われるような症状でしたが、高齢者で救急のベッドが埋まっていたので断りました」
東京消防庁では、高齢者のなかでも75歳以上か、それ以下かで統計をまとめている。その結果、「60歳~74歳」の搬送人員数にはここ10年間変化がないが、「75歳以上」の年代だけが飛躍的に増加していることがわかった(図1-2)。
考えてみれば、年を取るほど病気を発症する確率が高くなるのだから、高齢化に伴い、救急の事態に遭遇する率が上がるのも当然の結果だ。だからこそ、救命救急の現場では、団塊(だんかい)の世代(1947~49年生まれ)が75歳以上になる2025年に危機感を抱いている。
社会の高齢化に伴って救急搬送が増加する。それは、救急車の出動台数増加をも意味している。とくに近年は、救急出動件数、搬送人員ともに、毎年のように「過去最多」を更新しているような状況だ。1997年には約347万6,000件だった救急出動件数は、2017年には634万5,000件にまで増えている(図1-3)。
高齢化がさらに進む2030年には、救急車の出動が現在の1.36倍になると予測する報告がある。すると将来、あなたが救急処置を必要とする時、「近隣の救急車が出払っている」という状況に陥る可能性が高くなる。
年々到着が遅くなる救急車
意外と知らない人もいるかもしれないので、ここで119番の仕組みについて簡単に説明しておこう。
私たちが119番にコールすると、当地の救急管制センターがそれを受け、救急事故現場に最も近い場所に待機している救急隊が出場する。もし直近の救急隊がほかのケースで出場している時は、その次に近い救急隊に出場指令が下る。そこも出払っている時は、現場から遠く離れた場所からの出場、といった具合だ。
全体の出動件数が増えれば増えるほど、近隣の救急隊が出払っているケースは多くなるだろう。だとすれば、止むを得ず遠くからの出動となり、現場への到着が遅れてしまうことが考えられる。
容態の悪い患者にとっては、その数分の延伸は「命とり」である。実際、心肺機能が停止した患者のうち、救急隊による心肺蘇生開始までの時間が10分を経過すると、1か月後の生存率や社会復帰率が低下することが総務省の調査でわかっている。
また、国内の4人に1人は血管病で死亡しているが、その代表格である「大動脈解離」(動脈が裂ける病態)は、発症後1時間ごとに死亡率が1〜3%増加すると報告されており、24時間以内に約25%が死に至る(医学雑誌『CEST』による)。脳梗塞などは、少しでも早く救急車が到着すれば、命が助かるだけでなく、機能的予後(後遺症)も変わってくる。