最初の映像には、荷物に「冷凍」の白いシールと「冷蔵」の青いシールが貼られたクール宅急便が台車に載せて運ばれている模様が映っている。
撮影日は2016年12月1日だ。神奈川県の住宅地で撮られた。撮影したのは、月刊「文藝春秋」2017年4月号で、ヤマト運輸のサービス残業とクール宅急便の常温配送を告発した元ドライバーA氏(39)と元ドライバーのB氏(35)である。2人ともヤマト運輸で10年以上働いたのち、2016年に会社を辞めた。その後、弁護士を立て、未払いのサービス残業代を支払うように求めヤマト運輸と労働審判の場で争っている。
2人は、ヤマト運輸において、現場に適正人員が配置されないことから発生しているサービス劣化の具体例として、クール宅急便の問題を挙げている。今回動画の公開に踏み切ったのは、現場の人手不足、インフラ不足が、クール宅急便の常温配送の常態化を招いていることを知ってもらいたかったからだという。
コールドバッグに入れずに配達
最初の映像は、ヤマト運輸のセールスドライバーが、車両から常温とクール宅急便の荷物を載せた台車をマンションの入り口に放置しているところから始まる。荷物は置きっぱなしで、ドライバーの姿は見えない。この間、ドライバーはDM便を配るため、台車から離れていた。3分近く放置された後、ようやくドライバーが戻ってきて、配達先のマンションのインターフォンを鳴らし始める。2本目の映像でもほぼ同じ様子が撮られている。
この映像の一体何が問題なのだろうか。
ヤマト運輸社内にはクール宅急便を運ぶ際の社内ルールとして、〈五三〇仕分け〉という社内基準時間がある。コールドボックスといわれるクール宅急便が50から60個ほど詰められた金属製の箱を仕分けする際には「5分以内」であり荷物が外気に触れる時間は「30秒以内」。さらに、社内基準温度として冷凍の場合「-15℃以下」で、冷蔵の場合は「0℃~8℃」に保たれていなければならない。
映像の状況は、クール宅急便が外気に触れるのが「30秒以内」というルールから大きく逸脱しているのである。このルールは社内の内規にとどまらず、同社のホームページにも掲載されている。つまり顧客との約束事なのだ。
同社の品質向上推進部が出した2017年2月1日の改訂版にクール宅急便の作業マニュアルにはこう書いてある。
「クール宅急便は、多くの食品を取り扱っています。/食品の品質を維持するために、集荷から配達までの温度管理を行い、その対価としてお客様から付加料金をいただいているサービスです(後略)」
マニュアルによると、集配車両からの軒先への配達にはコールドバッグ等を使うことになっている。「コールドバッグもしくはコールドシートをクール集配車両に配備」「車両停車場所からお届け先までの間は、コールドバッグやコールドシートを必ず使用する」――と明記してある。本来なら、常温の宅急便は台車に載せたままで運び、それとは別にクール宅急便はコールドバッグと呼ばれる保冷バッグに入れて、担いで運ぶことになっている。
クール宅急便は、通常料金に200円台から600円台の追加料金がかかるヤマト運輸のドル箱商品。しかし、そのクール宅急便でルール違反の常温配送が行われているというのが、先の2つの映像である。
ドライバーも「常温配送」を認めた
撮影時間6分超の3本目の映像(2分半に編集)も基本的には同じ。アマゾンなどの常温荷物の上に、クール宅急便が無造作に置かれている。15秒を過ぎたあたりで、大手百貨店の荷物がドライバーの靴の上に置かれる。さらに30秒過ぎに鮮魚類が入ったと思われるクール宅急便の箱が、ドライバーの足の上に置かれた百貨店のクール宅急便の上にドサッと置かれる。その下からは、冷凍品が現れ、常温の荷物の上に載せられる。
その間、ヤマト運輸の車両からは、もう一人の配達員がクール宅急便を常温荷物と一緒に台車に載せて配達先の民家へと向かう。
民家の前で、撮影者とドライバーの間の次のようなやり取りが録音されている。
「あれっ。ドライバーさん、クールじゃないんですか?」
「クールです。冷蔵冷凍」
「これ、そのまま配達していいんですか?」
「駄目です」
「えっ?」
「駄目です」
「クールバッグとか使わないんですか?」
「クールバッグ、(車両に)積んでます」
警察の取り調べでいうなら「完落ち」の状態である。
なぜドライバーは、クールバッグを使わないのか。
使うだけの時間の余裕がないからである。クールバッグを1回開閉するのに一分かかる、と現役のドライバーは言う。1日30個なら30分、60個なら一時間かかる計算になる。しかし、過去10年にわたってサービス残業の問題が指摘されてきたヤマト運輸のドライバーには、ルール通りにクールバッグを使う余裕がない。クールバッグを使っていたのでは、最後の夜9時の時間指定までに配達が終わらない。
クールバッグを使うことはめったになかった
A氏とB氏も、現役時代にはクールバッグを使うことはめったになかったという。
A氏はこう話す。
「効率よく仕事をやりたいので、いけないとは分かっているんですけど、クールバッグを使わずに、そのまま行っちゃおうということになっていました」
映像に残ったクール宅急便の常温配送だけでなく、神奈川平川町センターでは、大口荷主である鮮魚の小売業者からのクール宅急便の荷物を日常的に常温での仕分けが行われていた、という証言も載せた。
多くの読者が思い出すのが、朝日新聞が2013年10月25日の一面トップで、「クール便 常温で仕分け」「ヤマト運輸 8月、荷物27度に」と報じた記事ではないだろうか。この記事は、真夏の宅急便センターでコールドボックスが扉を開けたままで仕分けしている様子が、映像付き(デジタル版)で報道された。
その後、ヤマト運輸の山内雅喜社長(現・ヤマトHD社長)が、クール宅急便の仕分けでルール違反がセンター全体の四割であったとして記者会見を開き、「誠に申し訳ございませんでした」と頭を下げた。
ヤマト運輸に、今回入手した映像について尋ねると、同社の広報戦略部から「元従業員が撮影した映像につきましては、調査したところ撮影状況に不自然な部分が多いため、さらに事実関係を明らかにしたうえで対応を検討してまいります。なお、現時点では、このような問題行為は認められませんでした」という回答が返ってきた。
しかしA氏とB氏は2016年12月中旬、神奈川主管支店でこの映像を見せて話し合った時、ヤマト側からは「われわれの指導が行き届いていなかったことは大いに反省する」という発言が出ている。さらに、12月下旬の本社での話し合いで、映像を見たサービスセンター長が「お二人と話ができてよかった」と繰り返している。
ヤマトの広報戦略部は、クール宅急便における問題行為は認められなかったというが、私が今回の記事のために取材した現役、あるいは元セールスドライバーは、口を揃えて「クールバッグを使っての配達はしていない」と証言している。
「温度計を入れるお客さまもいましたね。その結果、後からクレームがくるっていうことがあるんです。どうしてこの時間帯だけこんなに一気に上がっているんだ? みたいな抜き打ちでチェックする企業があるんですよ」という話も聞いた。しかし、そこまで顧客がやらないと真相は見えてこないのか。それともヤマト運輸が、自浄作用を発揮して、自ら問題解決を迎えるのか。今後の同社の動きを注視する必要がある。