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『SMAP×SMAP』コント演出家が語る「慎吾くんは放置すると面白いんですよ」

『SMAP×SMAP』コント演出・小松純也さんインタビュー #3

フジテレビ「24時間テレビ」を作った星野淳一郎という人

――『ごっつ』で直接の上司だった星野さんはどんな方でしたか?

小松 でかいですよ。とにかくでかい!

――何がでかい?

小松 図体がでかい(笑)。どんな人って言われたら「でかい人」。2メートル近くありますよね。星野さんは、本当に僕の師匠。17歳ぐらいからフジテレビで働いてた人なんですけど。

©三宅史郎/文藝春秋

――『THE MANZAI』の頃からですよね。

小松 そうそう。ずっと横澤(彪)さんの懐刀でやっていて。フジテレビ版の『24時間テレビ』の最初の企画者です。一時期までフジテレビの『27時間テレビ』の台本って、1ロール(CMとCMの間)が1ページに入るようになっている横長の本になってたんですけど、そういう仕組みとかフォーマットまで全部作った。

――へえ!

小松 僕とは全然違って、几帳面なものづくり、丁寧なものづくりをする人。いわゆる人様に通用する番組を、客観性を持って作るということを、あの方に教わりましたね。おしゃれなものを作るセンスも持っている。『夢で逢えたら』のオープニング映像ってCGとか実写を融合したPV的なものでしたけど、そういう新しいものをサラッと作っちゃう。

『ごっつええ感じ』の「おかんとマー君」のコーナーは僕の担当だったんです。最初にやったのが志村けんさんがゲストだった回。それがたぶん僕のディレクターデビュー作ですけど、星野さんは「何分何秒で作れ」って言うんですよね。しかも1台のカメラで撮りなさいと条件を与えられる。それで鍛えられましたね。

『ごっつええ感じ』の途中から、松本さんとの打ち合わせも全部僕にやらせてくれました。松本さんとの打ち合わせというのは、作家が持ってきた設定を松本さんに見せて、「こういうことで」って説明したりするんです。でも最初のうちはこっちも妙に力が入ってたから「お前イタいな」とか、結構ケチョンケチョンに言われたりしてたんですよ。でも、あの過程があったから、僕は松本さんと向き合えるようになった。星野さんにはそういう意味でも感謝しています。

©三宅史郎/文藝春秋

「視聴率はお前と視聴者の距離だ」

――星野さんに言われて印象的だったことは?

小松 「視聴率はお前と視聴者の距離だ」って言われて、そうだな、と思いましたね。いわゆる、誰のために番組を作っているのかということ。制作者と出演者の距離感はどうあるべきかとか、そういうことも含めて教わりましたね。たぶん、片岡の師匠も星野さんだから同じだと思うんですけど、僕も出演者とは相当、距離を取るほうだと思うんです。出演者たちと一緒に飲みに行ったりはほとんどしない。現場においてのスタンスも学びましたね。例えば演者が何をやろうかって演じ方を考えている時には話しかけちゃダメ。そういうデリカシーっていうのは、ディレクターの大事なスキルだと思います。演者のやりようの工夫、創意をめぐらせるストロークを作ってあげる。だから芸人と仲良くなってこんな内輪話が撮れたとか、収入がいくらって言ったとか、そんなことまでテレビで言わせる関係性を作る制作者っていうのはどうかなと。本当にやめてくれよって思います。

――距離感が大事なんですね。

小松 芸人さんと飲みに行って「面白いことやりたいな」ってくだをまくのが仕事じゃないと思うんです。その人がどうやったら視聴者に面白く届くかを客観的に考える。その人を活かせる企画を真摯に考えるのがテレビマンのすべきことなんじゃないかと。それは星野淳一郎さんに学んだことですね。

こまつ・じゅんや/1967年生まれ。京都大学在学中に「劇団そとばこまち」に所属、放送作家としても活動した。90年フジテレビ入社。バラエティ番組制作に携わり続け、『ダウンタウンのごっつええ感じ』『笑う犬の生活』で90年代のコント番組を牽引した。関わった番組は他に『笑っていいとも!』『SMAP×SMAP』『トリビアの泉』『IPPONグランプリ』『ほんまでっか!?TV』など多数。現在は共同テレビジョン第2制作部部長として、『ドキュメンタル』『人生最高レストラン』『チコちゃんに叱られる』など多様な番組をプロデュース、演出している。

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