子どもたちの能力を補うための新しい方法を、受験においても認めてもらおうとする活動であるDO-IT (Diversity, Opportunities, Internetworking and Technology) Japan (https://doit-japan.org/) が2007年から続いています。これは、障害や病気などの困難さがあるために高等教育進学を諦めている子どもたちにパソコンやタブレットを提供し、勉強の仕方を教えて受験を支える活動です。10年間で100人以上の子どもたちがICT機器を利用するなどの配慮申請をして受験に挑み、入試制度の門戸を広げてきました。国立大学や公立高校の入試においても、パソコンの持ち込みが認められるケースが増えてきています。
DO-ITに参加した中学1年生のM君は読書好きで学校の勉強をよく理解していましたが、重い書字障害があるため、漢字は判別できないような字しか書けませんでした。そうなると、ペーパーテストでは、理解できている問題でも点数に結びつきません。彼は、高校入試に大きな不安を抱えていました。
文部科学省が2012年に行った調査では、通常の学級に在籍していて、知的な発達に遅れはないものの、「読む」「書く」などの学習に関わる部分に困難がある小学生が全体の5.7%いると推定されています。クラスに1~2人はいることになります。
彼らは読めないといっても全く読めないわけではありません。読ませてみると、たどたどしいながら読めるので練習すればもっと読めるようになると親や先生は期待します。しかし、学年が上がるにつれて読む量が増えてくると、スピードについていけなくなります。
やがて、教科書を使って学ぶ機会が多い国語・算数・理科・社会といった主要教科で学習の遅れが目立ってきます。漢字を読めないと、国語の成績があがらないだけでなく、算数も理科も社会も、書いてある問題文の意味が分からない。「文字や数字がたくさん並んだ問題を見ていると、蟻が紙の上を動きまわっているように見える」という子や「漢字の意味と読みと形がなかなか結びつかない」という子どももいます。
読むだけでなく、漢字を書くことへの困難さを併せ持つ場合が多いので、答えが分かったとしても、それを答案用紙に適切に書き記すことができない。結果として、ペーパー試験の成績がふるいません。そうなると「興味ない」「簡単すぎる」など様々な理由をつけて、教科書を読むことを拒否するようになります。
しかし、彼らの中にも科学や歴史が好きで、学校の先生の話を耳で聞いて、また、テレビやYouTubeを介して、豊富な知識を得ている子もいます。学ぶこと自体は好きで、色々なことをよく知っていて、実にうまく説明してくれます。長い文章は読めなくても写真の多い図鑑は理解できるので、魚や虫などの知識がずば抜けているユニークな子もいます。あるいは技術や体育など実技系に力を注ぎ、優れた成績をあげている人もいます。彼らはただ読めないだけであって、決して知的な能力が低いわけではないことを理解する必要があります。
先に挙げたM君は、中学校の先生と相談してテストを電子化してもらい、ワープロを使って中間テストや期末テストを受けるようにしました。これによりテストの成績が向上したことは言うまでもありません。この中学校時代の配慮の実績がものをいい、M君は県立高校の入試でもワープロの利用が認められ、見事合格しました。
これからの社会、教育現場では矯正知能が徐々に認められていく必要がありますし、そうなっていくに違いありません。
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中邑賢龍(なかむら・けんりゅう)
1956年、山口県生まれ。東京大学先端科学技術研究センター人間支援工学分野教授。異才発掘プロジェクト ROCKET などICT(Information and Communication Technology)を活用した社会問題解決型実践研究を推進。共編著に『タブレットPC・スマホ時代の子どもの教育』(明治図書)など。