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 緊張して確認を進めると、頑強な寝室に目立った損害はなく、ネコ科の動物は落ち着いていた。目が光っていたのを覚えている。「昼間に表の展示場に出ていて、大勢の来園者もいる時の地震でなくてよかった」と胸を撫で下ろした。

 そうして園内を巡回している間にも、ドーン、ドーンと余震が襲う。5人でしゃがみ込むこともあった。揺れがあるたびに霊長類がワー、ギャーと怯えた声を上げたが、動物自体は無事だったと確認した。

「ライオンが逃げた」デマで大混乱

 その巡回中に上野動物園(東京都)で飼育員をしている友人から携帯電話にショートメールが入った。「こんなの出ているけど」と写真も送られてきた。ツイッターに「おいふざけんな、地震のせいでうちの近くの動物園からライオン放たれたんだが 熊本」と投稿した人物がいて、市街地の交差点をライオンが歩くニセ写真まで添付されていた。

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「はぁ? 今、確認したばかりなのに」。松本さんは首を傾げたが、「もし、デマが出回ったらマズいことになる」と2人の事務職員を先に戻らせた。既に事務室の電話は鳴りっぱなしで、園は大混乱に陥った。

園内を走る列車も、本震では転倒した

 正しい情報を流そうにも、動植物園のホームページはインターネットの契約会社のサーバーがダウンして発信できない。ようやく対処できたのは翌日の昼前だった。

「ライオンがいたら危ないからと避難しなかった人の家が余震で倒壊したら、人命まで奪われかねない状態でした。そうでなくても地震で不安だった人々を、さらに怖がらせることになったのです」と、松本さんは憤りを隠さない。この投稿者はのちに熊本県警に逮捕された。神奈川県に住む20歳の会社員で「悪ふざけでやった」と供述したと報じられた。

「園では当時、SNSでの情報発信には取り組んでいませんでした。今では、ツイッター、フェイスブック、インスタグラム、ユーチューブでも発信しているので、通信さえ遮断されなければ、情報は何らかの形で流せると思います」と松本さんは語る。多様な発信手段の確保はこの時に身に沁みた教訓の一つである。

餌と水をどう確保するか?

 次に心配なのは、餌(えさ)と水だった。餌は業者から確保できると分かったが、水は園内の配管が至る所で破損して各獣舎に供給できなくなった。幸いなことに、同園は周囲が6キロメートルもある江津(えづ)湖に面していた。阿蘇外輪山などからの伏流水でできた同湖では、毎日約40万トンもの水が湧く。園の南門を出たところでもボコボコと湧き出ていた。

 日中は断水した市民が汲(く)みに来るので、夜間にタンクに入れて各獣舎に運ぶことにした。ところがタンクがない。窮状を聞きつけた福岡県や大分県の水族館が活魚用の大きな水槽を運んでくれた。

南門を出た江津湖畔にはボコボコと水が湧き出る場所がある

 これらの応急対策にメドをつけ、松本さんは翌15日の深夜に帰宅した。そして寝たと思ったら激震に襲われた。

 16日午前1時25分、益城町で再び震度7を記録し、熊本市も震度6強の揺れに見舞われた。熊本地震の本震である。

 それまでは「いつ再開できるか」という話が出ていたが、これでもういつ再開できるか分からなくなった。