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動物園に一体何ができるのか?

 動物の危機が去ると、今度は人間の危機が訪れた。いつ園を再開できるか分からない。「人に見てもらってこそ動物園なのに」と、無力感にさいなまれるスタッフもいた。当時は多くの被災者がその日の生活にも困るような状態だった。「動物のことなど言っていられるのか」という迷いも生じた。復旧には最終的に約9億円もの市費が投じられたのだが、「動物園は市民にとって本当に必要なのか」という疑念まで頭をもたげた。

 そうしたスタッフの「変化」を見て取った松本さんは、職員を集めて「何ができるか、何をしたいか」を話し合った。その時に出た案の一つに移動動物園があった。

驚きのあまり獣舎で走り回り、擦り傷を負ったシマウマ
のんびりと遊びに興じるカバだが、地震の直後は30分以上潜って上がってこなかった
あの夜、寝ていたゾウは慌てて立ち上がるや、うろうろと歩き始めた

 動植物園は市の施設だ。職員は地震の避難所運営や罹(り)災調査などにも駆り出された。松本さんは発災直後のゴールデンウイーク、小学校の避難所に1週間詰めた。その時、親しくなった校長が「連休明けにようやく学校が再開できます」と喜んでいた。その姿を見て、思わず「授業として移動動物園を受け入れてみませんか」と話した。話はとんとん拍子に進み、5月26日に第1回目の移動動物園を開催。計35カ所で開いた

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「復興には動物園こそ必要なのだと思いました」

「最初は、地震で傷ついた子供達の癒しにという考えでした。しかし、現実には違っていました。モルモットを触った子が、『なぜふわふわしてるの』『なんでこんな形をしているの』などと口々に質問攻めにしてくるのです。子供達にとっては、傷の癒しというよりも、面白さを発見し、考え、次に進んでいくための材料でした。復興には動物園こそ必要なのだと思いました。

 動物園は自然や野生への入り口です。興味を持った子が、生きていくうえでの知恵を学ぶ。自分の将来を選択するための糧にする。動物園の原点を見る思いでした。そのことを子供達に気付かされた私達の方が癒され、笑顔になっていきました」

 これは「エンターテイメントのための動物園なら要らない」と、常に疑問を持ち続けてきた松本さん自身への答えでもあった。

クイズ形式で動物の生態が分かるパネルも設置された

 園ではその後、「市民と一緒に新しい動物園を作っていこう」とプランを練った。子供達のワークショップを開いて園内看板を作成し、説明の内容も分かりやすくした。クイズ形式で動物の生態が分かる掲示板も設けた。地震後の動物の状態や生態についてはブログなどを使って細かく発信するようにした。