「今一歩勝ち切れないのは、私が間違っているのかも」
中田がこの2年半、全日本に渾身の力を注いできたこともあり、ひ弱だったチームが戦う集団に変貌を遂げた。それでも中田は、選手に全身全霊で向かい合ったにも拘わらず、選手にかけた自分の言葉がその選手にとって適切なものだったかどうか自信を持てないでいた。そのため、昨年の世界選手権が終わってすぐ、東京大学EMP(エグゼクティブ・マネジメント・プログラム)を受講。
東京大学EMPは、東京大学の持つ知の資産を横断的に活用し、最先端の思考能力を身に付けた人材を育成しようと8年にスタート。東大で教鞭を執る教官を中心にノーベル賞候補にもなるような各分野のトップランナーが、企業の管理職、中小企業経営者、官僚など将来の日本を担う40代の受講者25人に、180コマを講義する。
中田に教科書を見せてもらったことがある。素粒子物理学、情報通信工学、イスラム政治思想、銀河天文学、中国哲学、言語脳科学、ゲノム科学……。
世界選手権を戦い抜き、つかの間の安息を求めてもいいはずなのに、すぐさま脳が沸騰するような環境に身を置くのは、フチ子さんらしい選択だった。教科書に目をやり言う。
「はっきり言って難しい。でも、私は選手の人生を預かっているわけだから、適切な判断をし、最適な言葉をかけてあげたい。それに試合で今一歩勝ち切れないのは、選手の問題ではなく私の指導が間違っているのかもという不安があった。だから私自身が全方位的に知識をつけ、自信を持って指揮したかった」
中田と他のビジネスエリートの決定的な違い
東大EMPの立案者で、東京大学、ハーバード大学デザイン大学院、マサチューセッツ工科大学経営大学院修了後、マッキンゼーの東京支社長などを歴任した横山禎徳は、ハーバードやスタンフォード大MBAの上を行く授業を目指したという。そんな授業に中田は必死に食らいついた。横山が言う。
「中田さんは同期の中ではかなり優秀だった。他のビジネスエリートたちは現象面を捉えるのは的確だがその先がない。その点、中田さんは課題設定が鋭く、思考軸も他の人のように日本ではなく世界。若い時から思考訓練を相当重ねてきたことがすぐ分かりました。いつも一番前の席に座り熱心に聞いていた。スポーツ界では初めての受講者です」
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