「相手が動物である間はまだ良かった…」礼宮さまの天衣無縫な振る舞い
一方、礼宮さまは、物おじなさるというところがない。すーっと仲間になれるし、たちまち意気投合して相撲ごっこをはじめるという気軽さがおありだった。もし、集団から離れている場面があったとしても、それは、浩宮さまのように、慎重に様子を見ていらっしゃるのではなくて、ご自分はご自分で、ほかのことをやりたいから離れていらっしゃるだけなのである。
浜尾は、浩宮と礼宮の育て方の違いについても、こう述べる。
浩宮さまには、「男の子らしく逞しい子に育っていただきたい」ということを、私は願い続けてき、そのための努力もしてきた。それは、両陛下の強いご希望でもあった。そのために陛下は乗馬や水泳の手ほどきをご自分でなさった。また大きくなってから自動車に酔うようなご体質でも困るということで、陛下はご自分で運転するお車に、浩宮さまをお乗せして御所の庭をぐるぐる回るということもなさったほどである。(中略)ところが、礼宮さまについては、はじめから放っておいても逞しくなられるような、安心感があった。もちろん、スポーツについても学習的なことについても、礼宮さまは浩宮さまと似たコースを辿ってゆかれることになるだろうと思うが、浩宮さまの場合のように、意識して方向づけをする必要がないといった感じが強かったのである。
というよりも、両陛下は、礼宮さまの場合は、自由奔放に、伸びるところを自然のまま伸ばしたほうがいいとお考えになっていたのではないだろうか。
そして、浜尾は、「自由奔放といえば、礼宮さまの動物好きとその奔放さが結びついて、私はまったく恐れ入ってしまうことが、たびたびあった」と、話を続ける。つまり、夏に軽井沢のプリンスホテルに一家で滞在中、近くの農家を訪問したりしたが、ヤギ、ウシ、ブタなどの家畜のそばに平気で近づき、頭をなでたり抱きあげたりするのは礼宮だったという。「天衣無縫というかなんというか、こわいということをまったく知らないのである」と浜尾は言う。そして、「おつきあいの相手が家畜である間は、まだよかった」と、こう続ける。