まさに青天の霹靂だった。
8月末、横浜DeNAベイスターズから送られてきたインフォメーションを読んで、一瞬、目を疑った。
『三嶋一輝選手は、8月29日(月)東京都内の病院にて胸椎黄色靱帯骨化切除術を行い、無事終了したことをご報告いたします』
国が難病に指定している「黄色靱帯骨化症」は、脊髄の後方にある黄色靱帯が骨化して神経を圧迫、症状として下肢の脱力やしびれがみられる病気だ。原因は不明。過去には越智大祐(元巨人)や大隣憲司(元ソフトバンク)らも発症している。
「僕ほど失敗してきた人間はいない」
今シーズン三嶋は、山﨑康晃との“ダブルストッパー”として開幕を迎えたが、5月7日の広島戦(マツダ)で敗戦投手になると、右肩の張りにより翌8日に登録抹消されている。これまで三嶋が張りや痛みを訴えファームに行くことはほとんどなく珍しいことだと思ったが、その後ファームでは11試合に登板。ペナントレースで奮闘している一軍への合流を待ちわびていたが、8月14日の日本ハム戦(平塚)で登板して以降、三嶋がマウンドに立つことはなかった。
なにかあるなと感じてはいたが、まさか難病を患っていたとは夢にも思わなかった。知ったときはショックも大きく失意のどん底へ落ちるような思いだったが、今この瞬間も懸命に闘病し復帰を目指しているだろう三嶋を思えば、そんなことを考えている場合ではなかった。見守ることしかできない人間が前を見なくてどうする。この状況になって強く思うのは「何度も地獄を見ながら這い上がってきた、あの三嶋一輝だぞ」ということだ。
三嶋がよく言うセリフがある。
「僕ほど失敗してきた人間はいないし、僕ほど期待されてそれを踏みにじってきた選手はいない」
ルーキーイヤーの2013年は先発として6勝を挙げ次期エースとして期待を集めた三嶋だったが、その後思うようなピッチングができず3~4年のあいだ低迷を余儀なくされた。チャンスを何度ももらいながら結果を残せない日々。「三嶋はもう終わりだ」といった心ない声も本人の耳に届くようになっていた。だが三嶋は歯を食いしばって耐え忍び、失敗を繰り返しながらファームで自分の成すべきことに集中した。
人生をかけ懸命に戦う男の格好良さ
潮目が変わったのは2017年シーズンの後半にリリーフへ転身してからだ。ビハインドでの登板から始まり、回またぎやワンポイントなどコツコツと実績を積み重ねていった。そのマウンドでの姿は鬼気迫るものがあり、何人たりとも寄せ付けない迫力があった。
リリーフ2年目の2018年、結果を出していた春先、試合後に話を訊きに行くと三嶋は突いたら張り裂けそうなオーラをまとっていた。
「心境の変化? 特にないです。毎年結果を出そうと思っていたし、それが今はたまたま出ているだけ。今年は気持ちが乗っているねって周りからは言われるけど、正直『うるせえ!』って思っているんですよ。結果が出たときだけいろいろと言われる世界だから、あまり大きなことは言いたくないし、自分は自分らしくやるだけ。まだ始まったばかりだし、何があるかわからない。正直、ほっといてくれって」
迫力に気圧されたが、このギラついた感じは嫌いじゃない。人生をかけ懸命に戦う男の格好良さを感じずにはいられなかった。
この年に三嶋は60試合を投げ、さらに翌2019年は71試合に登板。ついには勝ちパターンを任されるチームに不可欠なセットアッパーへと成長した。
時間が経ち、あのときのギラつきについて尋ねると、三嶋は苦笑して言うのだ。
「そりゃそうですよ。打たれたらファーム行くものだと思っていたし、とにかく“今日を抑えて明日を掴もう”って気持ちだけでした。一瞬でも隙を見せたらやられちゃう世界ですからね。とにかく食らいついていこうって。本当、全員を見返したい気持ちしかなかった」
そう感慨深げに言うと一拍置き、三嶋はつづけた。
「まさか僕が勝ちパターンで投げるとは、誰も思ってなかったでしょ?」
ニヒルに微笑むその姿は、とても絵になっていた。