文春オンライン

「老人を敬う」「親の面倒をみる」は本当に倫理的なのか? エマニュエル・トッドが語る“女性の地位”の変化

note

日本の出生率低下の原因は、「育児」か「キャリア」かの二者択一を迫られること

――ユーラシア大陸の周縁部ほど、太古の人類に近い家族形態が残存しているという東アジアの共通点を踏まえた上で、トッドさんの理論からすると、中国、朝鮮半島、日本の比較で言えば、女性の地位が相対的に高いのは、最も周縁に位置する日本だと考えてよいのでしょうか。

 基本的にそうだと思います。

 女性が書いた古い時代の文学が残っていたり、女性天皇が存在したのは、その証しで、最も周縁の日本が、ホモ・サピエンスの太古性を最も残している、と言えるかもしれません。また日本と朝鮮半島は同じ直系家族ですが、日本では血縁のない養子が普通に存在したのに対し、朝鮮半島では見られません。中国、韓国の夫婦別姓に見られる血統重視は、日本より父系制が強いことを示していると考えられます。

ADVERTISEMENT

――しかし、ご著書では、「少子化対策にも移民受け入れにも本腰を入れていない日本は、そもそも国力の維持すら諦めているように見える」として、直系家族社会特有の問題を指摘されています。

 直系家族のドイツと同様に、女性が「育児」か「キャリア」かの二者択一を迫られるところに、出生率低下の原因があります。

 

――そこを例えば、フランス的な制度の導入によって解決できるのでしょうか。

 フランスの制度は、日本人の習俗ではなく、フランス人の習俗に合わせてつくられています。

 ここで「世帯」と「家族」の区別が重要になります。例えば、今の日本では、直系家族の典型である「三世代同居」はもはや見られません。しかし「核家族的世帯」で暮らしていても、「年老いた親の面倒をみる」という規範が依然として強くあります。敢えて乱暴な言い方をすれば、フランスであれば、老人ホームに入れて親を見捨ててしまいます(笑)。そこに習俗の違いがあるわけです。

 さらに日本では、母親が、育児に時間とエネルギーを注ぐことを要求される雰囲気がある。これも「ゾンビ儒教」や「ゾンビ直系家族」のメンタリティが根強く存在している証しです。

 いくら「核家族世帯」が増えても、「日本の直系家族は消滅した」とは言えないのです。「直系家族」のメンタリティは、容易には変えられません。個人ではなく集団のものだからです。

 例えば、あるカップルが、自分たちの考えで一般とは違うことをやろうとしても、近所や親族内で一種の“スキャンダル”になってしまう。そうした「文化的惰性」から脱出するのはとても困難なのです。

 

 しかも人口動態をみれば、老人がさらに増えていきますから、今後、「儒教的な老人支配」は強まる一方です。