芥川賞作家の平野啓一郎さんの小説「ある男」が映画化され、昨年11月より公開中だ。「ある男」の公開直後から映画を激賞していた作家の岸田奈美さん。自身のTwitterには、〈邦画ってこんな、こんなすごいんや〉、〈今年いちばん観てよかった〉と投稿し、原作の担当編集者との会話では「こんなん作るなんて聞いてへんやん、すごいやん、こんなん観たことないもん、聞いてへん」、と相手の相槌を遮り続けたそう。

 このたび、岸田さんの「ある男」への情熱が実り、石川慶監督との対談、もとい岸田さんによるスペシャルインタビューが実現した。お二人の対談を記念して、そのやりとりの一部を文春オンラインに特別掲載する。

©2022「ある男」製作委員会

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映画から「ある男」を鑑賞

岸田奈美さん(以下、岸田)はじめまして、岸田です。監督、この映画めちゃくちゃ良い! めちゃくちゃ素晴らしかったです。私は、自分が映画を観てから、「この映画がヒットしなかったら日本が終わるから! 絶対観に行って!」ってくらいに荒ぶって、周囲に話していました(笑)。

「日本映画がここまで出来るってことを知らないと、クリエイターとして駄目だ」ってまわりに言い続けていたんです。そのくらい素晴らしかった。めちゃくちゃ感動しました。

石川慶監督(以下、石川)はじめまして。石川です。ありがとうございます。岸田さんのTwitterも見て、とてもテンション高く書いてくださっていたので、とても嬉しいです。

岸田 平野さんとの対談や、妻夫木さんや他のキャストの方々との対談も色々読ませていただき、映画に関してはたくさん書かれていたので、今日は少し関係ないこともお聞きできたら、と思っています!

 まず、こんなことを言ったら(平野さんと同じ事務所所属として)怒られてしまいそうですが……、私、原作を読んでなくて、映画から観たんです。

岸田奈美さん

小説を映像に「翻訳」した感覚に近い

石川 岸田さんは、平野さんと同じ事務所なので、当然、読まれていると思っていました(笑)。

岸田 今までは、原作を読んでから映画を観ることがほとんどでした。原作を読んで、いいかどうかで映像を観るかを決めたりしていたので、映画から原作という体験は初めてだったんです。

 鑑賞中は、石川さんはどうしてこういう画を撮ったんだろう、どうしてこういう演出を考えたんだろうというところに思いをはせながら観ていました。

 文章は読んだら心情が書いてあります。そこに自分を当てはめて、自分だったらどうかと自身にひきつけて想像するのが文章のおもしろさだと思うのですが、映画には心情が書いていない。

 映画を観ながら登場人物たちの心情をめちゃくちゃ考えて、後から原作を読むと、ある種の答え合わせができるような面白さがありました。「ある男」を観て、これは小説を「映像化」したものではなく、小説を映像に「翻訳」した感覚に近いと思いました。

石川 そうですね。今回は平野さんの小説が原作ですが、平野さんは自分の中では現代を代表するインテリジェンス。現代の三島由紀夫くらいの作家さんなんですが、逆にそこまでいくと、自分みたいな人間がやっても怒られないかなとか思ったりもしました。平野さんの哲学的なもの、思想みたいなものを映像化しようとした時に、ある程度、飛躍が許されるのかなと。