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「でもね、この話にはオチがあるの」と谷保さん。マイクの前で読んだのはスタメンアナウンスではなく「本日のオリックス戦ですが、強風のため試合は中止となりました」というアナウンスだった。

「本当に車ディーラーのお店に駆け込んで電話を借りてタクシーを呼んだ時に、私、ナイスと思ったわ。みんな、コンビニとかに向かった中、私だけそのお店に入って、すぐに電話を貸してもらえた。今でもそのお店はあって、電車の窓から見るたびにその時の事を思い出すの。ただ、あの時、電話口で急ぎすぎていて中止になるかもしれないという情報を聞き出さずに切ってしまった。慌てていたから仕方ないけど、中止かもと分かっていたらもう少し気楽だったかも」と谷保さんは懐かしそうに語る。京葉線も武蔵野線も強風でよく止まる時代だった。

「あの作業は大変で深夜遅くまでやっていた」

 月日は流れ、谷保さんは今季限りでマイクを置く。ZOZOマリンスタジアムに流れる美声はファンに親しまれ、愛され、一緒に時間を過ごしてきた。それだけに別れを惜しむ声は多い。

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「もともとここ数年、終わるタイミングを考えていました。昨シーズン限りでとも思いましたが、あと一年という話になって今年で終わることになりました。幸せな日々でした。私にはずっとかなえたい夢があり、いつかそれに挑戦したいと思っていました。野球とは離れてしまうけど、それが実現できるように頑張りたいと思います」と谷保さんは卒業することになった経緯を説明した。

©千葉ロッテマリーンズ

 時代は流れた。携帯電話は普及し、電車も風に強くなった。昔は場内BGMもカセットテープで流した時代もあれば、MDからの手作業で流した時もあった。今はコンピューター管理で簡単に色々な曲を流せる時代になりスタジアムは音で溢れている。

「昔、試合前の練習でチームからなにか曲を流して欲しいと頼まれてレンタルビデオ店に行って、大量のCDを借りてカセットにダビングしていたのが懐かしい。あの作業は大変で深夜遅くまでやっていた。でもこれで皆さんが喜んでくれたらと思ったわ」と谷保さん。

 時代の移り変わりの中で谷保さんも第2の人生へのチャレンジを決めた。90年代に親と野球観戦をしていた子供が大人となり「今は子供を連れて野球観戦をしている」と声を掛けられると感慨深いものがあるという。

「辛い事? 悲しい事? う~ん。まったく思い出せない。私、楽観的だから、楽しい事ばかり」。色々な素晴らしい思い出とちょっと慌てた出来事を胸に谷保さんはマイクを置き、その声はファンの心に大切な思い出としていつまでも残っていく。

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