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 共感することが苦手で、ほかの人に好かれたいとかも思わないし、気に入られようとすることもない。だから、どこに行ってもいじめられ、顔を殴られたという。マスクはこう振り返る。

「殴られると人生がどう変わるのかは、殴られたことがある人でないとわからないでしょう」

 朝礼で、ある少年といざこざがあったときのこと。昼休み、マスクがサンドイッチを食べていると、その少年が仲間と後ろから近づき、マスクの頭を蹴り、コンクリートの階段に押さえつけたという。目撃していたマスクの弟はこう証言する。

「馬乗りになって殴ったり、頭を蹴ったりしていました」
「最後は人相が変わりすぎて、だれだかわからなくなりました。目がどこにあるのかもよくわからないほど腫れ上がってしまって」

 学校を1週間も休むことになるほどだった。けれども、病院から帰ってきたマスクに対して、父親は大爆発したという。なぜか相手の少年の肩を持ち、大ばかだ、ろくでなしだ、とマスクをどやしつけたのだ。

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©時事通信社

「ばかだまぬけだと父親に言われ続けたら、感情が爆発して…」

 マスクの父親はエンジニアなのだが、息子に優しく接するかと思うと、このように1時間以上も虐待をするなど、ジキルとハイドのような人間だった。当時のことを振り返るといまだに胸がいっぱいになり、言葉に詰まってしまうマスク。

「精神的な拷問ですよ」
「どうすれば相手がつらい思いをするか、(父は)よく知ってるんです」

 マスクの最初の妻ジャスティンはこう言う。

「南アフリカで彼のような子ども時代を過ごしたら、感情をシャットダウンする術を身につけるしかないと思います」
「ばかだまぬけだと父親に言われ続けたら、感情が爆発してどうしようもなくなる前にすべてを殺すしかないでしょう」

  感情をシャットダウンする“遮断弁”があるからイーロン・マスクは冷淡だと言われるのだろう。だが、これがあるから、積極的にリスクを取るイノベーターになれたとも言える。

©時事通信社

「恐れも遮断できるんです。でも、恐れを遮断するには、喜びや共感などほかのものも一緒に遮断しないといけないのでしょう」

  子ども時代のPTSDで、満たされるのを嫌うようになったのだろう。グライムス(マスクの元恋人)はこう言う。

「成功をかみしめるとか花の香りを楽しむとか、そういうのは、どうすればいいのかわかっていないのだと思います」
「人生は痛みの連続だと子ども時代にたたき込まれたのでしょう」

 そのとおりだとマスクも同意している。

「私は苦しみが原点なのです。だから、ちょっとやそっとでは痛いと感じなくなりました」

 暗いところに入ったり怖いと感じたりすると、昔、遊び場でいじめられた恐怖がよみがえってくる。そんなマスクに、遊び場を我が物とするチャンスが巡ってきた。2022年のツイッター買収である――。

イーロン・マスク 上

ウォルター・アイザックソン ,井口 耕二

文藝春秋

2023年9月13日 発売

イーロン・マスク 下

ウォルター・アイザックソン ,井口 耕二

文藝春秋

2023年9月13日 発売