『セカンドキャリア』(片野ゆか 著)集英社

 のめり込むようにして読んだ。つい先日、競馬小説シリーズの完結編を書き終えたばかりということもある。最終回では、引退競走馬についても少しだけ触れたので、感慨もひとしおだった。

 だが、そうした私情を抜きにして、引退競走馬の第2の馬生(ばせい)の可能性をつぶさに示唆する本書には、多くの読者を引き付ける絶大な力がある。

 動物福祉(アニマルウェルフェア)という観点から競走馬について書かれた本を、私は今回初めて読んだ。

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 競馬業界では毎年約7000頭のサラブレッドが生産され、約6000頭が引退するが、その多くは行方不明になるという。競走馬の行く末は厳しい。

 しかし、この長年の難問に、現在新たな流れが起きてきている。

 本書の最大の魅力は、これまで紹介される機会の少なかった引退馬のリトレーニングに携わる人たちや、引退馬自身が資金を生み出すための仕組みを作ろうとする人たちの様々な工夫や奮闘を、4年間という歳月をかけて追いかけた丁寧なフィールドワークにある。

 日本最大の競馬団体である日本中央競馬会(JRA)が、近年、引退馬の支援に本腰を入れていることもあり、かねてから地道な努力を重ねてきた人たちの支援活動に明るい光が差し始めたことを、本書は希望を以って描いている。

 数々のG1馬を輩出した元JRAのレジェンドトレーナー、角居勝彦氏が現在代表を務める引退競走馬支援団体が主な事業内容として展開するのは、ホースセラピーだ。これまで、引退馬の行く先として、誘導馬か乗馬くらいしか思いが及ばなかったが、福祉や医療の場で活躍するセラピーホースというセカンドキャリアの可能性には、大いに興奮した。

 馬に乗るだけでなく、馬を曳いて一緒に歩くことも、セラピーに繋がるという指摘も眼から鱗だった。馬は人を「待つこと」ができる動物なのだという。

 筆者の片野ゆかさんは、馬との触れ合いを「包み込まれるイメージ」「少しぬるめの温泉にゆっくりと浸かる感じ」と表現する。将来、自分がもっと歳をとったとき、寄り添って歩いてくれる馬がいたらどんなに幸せだろうと、夢想せずにはいられなかった。

 もちろん、馬は大動物なので、今後ホースセラピーが一般化していく中で、予期せぬ事故が起きることもあるだろう。だがそこで、「やっぱり馬は危険だ」という流れに安易に陥ってしまわないマインドを培っていくことも、大切になってくると思う。

 本書は、引退馬のためになにかをしたいと考えている人たちの指南書としても最適だ。大きなことから始めなくてもよい。まずはSNSで可愛い馬の動画に“いいね”を押すだけでも意味があるという片野さんの提案は、しなやかにして的確だ。

かたのゆか/1966年東京生まれ。2005年『愛犬王 平岩米吉伝』で小学館ノンフィクション大賞受賞。著書に『北里大学獣医学部 犬部!』『ゼロ! 熊本市動物愛護センター10年の闘い』『平成犬バカ編集部』『着物の国のはてな』など。
 

ふるうちかずえ/作家。2011年『銀色のマーメイド』でデビュー。著書に「マカン・マラン」シリーズ、『風の向こうへ駆け抜けろ』等。