「エンジンやられてるわ」と隣りの人が
事故発生から1日、2日と経つうちに、空の安全を考えるうえで、今回の事故から学ぶべき問題点を絞り出すには、次の2つの課題を掘り下げて分析する必要があると思うようになった。
1.日航機の乗客・乗員計379人全員が1人の犠牲者も出さずに(脱出時に煙による肺の損傷など軽傷者十数人を出したが)、しかも集団パニックも起こさずに、生還できた条件は何だったのか。
2.離着陸に使用する滑走路に同時に2機以上が進入することは、絶対的に禁止されている。にもかかわらず、日本航空516便が進入降下中のC滑走路に海保機が入り込んだのは、なぜなのか。
課題1から分析を始めよう。
乗客367人、乗員12人、計379人もの人々が、炎上し始めている機体から1人の犠牲者も出さずに脱出できたことに対して、欧米はじめ世界各国のメディアが、一斉に「奇跡の脱出」という見出しで、乗員の対応と乗客の冷静さを称える報道をした。
事故発生から脱出までの機内の状況について、乗客2人の証言を記そう。
1人は、川崎市にあるS大学の哲学科教授・金子洋之氏(67)。客室前部クラスJ区画の右側10H。窓側の隣りの通路側席だ。札幌の実家で年末年始を過ごして帰京する途上だった。
〈機内のテレビをずっと見てたんですけど、着陸するまではまったく普通の状態でした。着陸した(と感じた)直後からダンという音が何回も続いて減速する感じもないので、周りの人たちも何か異常が起こったことに気づいて、パニックじゃないけど騒然となるような感じでした。「あ、なんなんだ」っていうような。
そのうちに窓からは草むらしか見えなくなったので、「あ、これはまずいな」と思いました。でも、飛行機は止まった。隣りの窓側の人が「エンジンやられてるわ」と言うので見ると、エンジンの金属がめくれてて、地面にくっついている状態でした。僕は《でもまあ、止まったから何とかなるか》と思ったんですけど、隣りの人は「いや、エンジンから火が出てる」って。僕も覗いて見ると、やっぱり火が出ていたんで、CA(キャビンアテンダント=客室乗務員)さんに、「こっちのエンジンから火が出てますよ。早く脱出しないとまずいんじゃないですか」と言いました。
CAさんは窓からエンジンの出火を確認すると、すぐに周りの乗客たちに、声をかけ始めました。
「立ち上がらないでください」
「落ち着いてください」――〉
〈エンジンから火が出始めたのを見たのは、機体が止まってから1分くらい経ってからでしょうか。はじめはエンジンの下のほうからチョロチョロ出ている感じでしたが、それがだんだん大きくなってきて、数分のうちに機内も結構暑くなってきました。
客室の後方では煙が入ってきているようで、前のほうもうっすらと煙が漂ってきました。そのうちに航空燃料の燃える匂いみたいなものが、うっすらと漂ってきました。これまで嗅いだことがないような匂いでした。
CAさんたちはかなり大きな声で連絡を取り合い、機外の火災状況を確認して脱出の手順を相互確認しているようでした。僕は他の乗客の様子が気になって、ちょっとだけ立ち上がって客室後方を見回しましたが、立ち上がったり移動したりしている人は一人もなく、皆さん落ち着いて自分の席に座っていました。
そのうちに客室の前のほうから脱出が始まった様子が感じられて、僕も前の席の人に続いて移動し、順に前方右側のシューターでスムーズに滑り降りました。
CAさんたちが乗客たちを落ち着かせる言葉かけにしても脱出指示にしても、テンション(意識レベル)を上げて叫ぶような感じで、しかもマニュアル通りにしっかりとやってくれたのは、混乱なく全員脱出をなし遂げるうえで大きかったと思います〉