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 主人公・泰子のお母さんは早くに亡くなっているのですが、そのお母さんが、「16歳になったら娘にこの手紙を読ませてくれ」と、手紙を遺していくんですよ。そこにこう書かれています。自分にはかつて好きだった男の人がいて、その人は兵隊として戦地へ行く前に、「負けちゃ駄目だよ。うつくしいものは必ず消えないんだから」とお母さんに言って、その人は去っていく。

 この兵隊さんのセリフが、ものすごく胸に響いたんですね。なぜかというと、当時の私は仕事を始めたばかりで、オーディションで落ち続けて撃沈してたんです。自分のどこがだめなのか? どうしたらいいのか? ということが皆目わからない。こたえが見つからない堂々めぐりの中で、この世界で通用しない自分はだめなんじゃないかな、と行く先が見えなくなっていました。事務所の人にも、「この子、期待はずれだった」と思われていたかも。「今の自分はもうだめなんだ」と自分で自分を否定し、どうにもならないときに、その言葉をかけられたような気がしました。

 要するに、「うつくしいもの」――心の芯にある純粋な気持ちと私は捉えて、そういう気持ちは消えないんだよって、その兵隊さんに言ってもらった気がしたんですよ。だから、もうちょっと頑張ってみようって思えた。本の中のセリフが自分の中にこんなに大きく響いたことはそれまでなかったですね。このセリフが当時の自分を支えてくれたんです。

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写真・杉山秀樹(文藝春秋写真部)

自分に合う本を探すコツとは?

 現実の自分とは違うシチュエーションで出てくるセリフだけど、どう受け止めるかっていう解釈の仕方は読み手の自由。そこが読書の良いところです。どんなふうに受け止めたって全然問題はないんですよ。だって、実際にその言葉が自分を支えてくれた事は確かなのだから。創作の世界の言葉が、自分に響くこともあります。

 そういうことがあって、この本は私にとって大事な一冊になりました。当時、苦しんでいたから、よけいに心にしみたっていうこともあります。高1で大阪から東京へ出てきてホームシックにもなっていたし、仕事がうまくいかないとか、学校も転校したばかりでなじめていないわけだし、そういう状況で、もうだめだと追い詰められたときだったから。大人になってから思うけど、本当にそういうつらいときだからこそ、本って心にしみるんだな、と感じています。心にたくさん傷があったり穴があったりする方が、言葉ってちゃんと引っ掛かってくれる。人生って、悩みとかストレスがないときってないんです。何も悩みのない状態に皆あこがれるけど、悩みやストレスはきっと永遠にあり続けます。