MLBのスター選手として、世界的な人気を誇る大谷翔平。しかし、かつてのアメリカでは、日本人選手が差別を受けることもあったという。もしその時代に日本人選手がホームラン王のタイトルを争っていたら、いったいどうなっていただろう?
ここでは、大谷翔平がアメリカでどのように受容されてきたのかを記した『大谷翔平の社会学』(扶桑社新書)より一部を抜粋して紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)
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アメリカ人作家が日本野球を紹介
バースの5打席連続敬遠からさかのぼること8年前、1977年に日米野球文化の違いについて記した一冊の書籍が刊行された。タイトルは『菊とバット』だ。
この本の著者は、アメリカ人作家のロバート・ホワイティング。彼は1962年、19歳のときにアメリカ空軍諜報部員として東京にやってきた。オリンピックを控えた東京の熱気に魅了されたホワイティングは、除隊後も日本に住み続け、上智大学で政治学を学んだ。在学中、アメリカへ赴任予定だった読売新聞社勤務の渡邉恒雄、つまり「ナベツネ」に英語を教える家庭教師のアルバイトもしていたという。
大学卒業後は『ブリタニカ百科事典』日本版の編集者として働いていたが、やがて「ガイジンであることにうんざり」してアメリカに帰国。母国で日本の話をしても誰も興味を持たなかったが、野球の話をするとアメリカ人も興味を示すことに気づき、日本野球を紹介する本を書こうと思い立つ。まず英語で書き、やがて日本語版も出版された。それが『菊とバット』というわけである。
『菊とバット』というタイトルに込められた“意味”
『菊とバット』というタイトルは、第二次世界大戦中の日本人の思考や行動様式を人類学的視点から分析した1946年に刊行されたルース・ベネディクトの名著『菊と刀』をもじったものだ。『菊と刀』は、アメリカ人からすると理解に苦しむ日本人の国民性について分析したものだが、『菊とバット』もやはり同様のスタンスで書かれている。アメリカの野球は「楽しむ」ものだが、日本の野球は「苦しむ」ものであり、ホワイティングはそこに「武士道」を見いだした。
本書には、当時まだ現役選手だった王が日本刀をバットに見立てて、正しい打撃フォームを身体に覚えさせるために刀を振り下ろそうとしているモノクロ写真が載っている。日本野球において「バット」は「刀」である、という着想から生まれた『菊とバット』というタイトルは、ユーモラスながら的を射た表現だ。