いつものことだが、原作と映画は少し異なっている。しかし、「これで良い」と私はつぶやいていた。映画製作陣はじっと待って耐えながらたくさんの壁を乗り越え、私のノンフィクションとは別の筒井家の物語を描いたのだ。そうでなければ、あれだけの観衆の感情を揺さぶるわけがない。
事実との乖離や感情の行き違いを、映画製作陣は、原作者と家族の要望を辛抱強く聞くことで埋めていったように思う。
大泉さんは撮影前に一人で名古屋の筒井家に出向き、筒井さんや奈美さんに会って話をしている。母親役の菅野美穂さんも、Zoomで筒井夫妻や奈美さんと面談して、「大事なご家族の思い出をお預かりして、しっかり演じさせていただきます」と言った。役者が役作りをするのは当然のことなのだろうが、生きている者に対する敬意と配慮を忘れない丁寧な進め方だと思った。
「愛する誰かのために何ができるのか」(大泉洋)
この夜、試写会前の挨拶でおちゃらけて見せた大泉さんは、試写会が終わるともう一度、サプライズで出演者と一緒に登壇してマイクを握った。
そして、「この映画は大切な子供を亡くした家族の悲しい映画ではないんです。愛する誰かのために何ができるのか、自分以外の人に何ができるのかという映画です。すごく元気になれる、何か人のために頑張りたいと思える映画だと思います」と語った後、少し間をおいてこう続けた。
「(『ディア・ファミリー』を演じて、)自分が生きている時間というのは当たり前にあるのではなく、本当に1秒1秒、その時その時を大切に、無駄にせず生きたいなと思いました」
大泉さんはいま、『男はつらいよ』の主人公・寅さんを新たに演じて欲しい俳優の筆頭に挙げられている。筒井家の奇跡は、そうした名優に自分の生き方を考えさせる物語でもある。
あなたが私の原作本を読んで映画を見るか、映画を見て本を読むか、どちらでもいいが、この家族の伝説を心の奥に熾火(おきび)のように置いて、親や子供たちに長く伝えてもらいたい、と心から思う。
INFORMATION
『アトムの心臓「ディア・ファミリー」23年間の記録』を原作とする映画『ディア・ファミリー』が6月14日(金)に公開されます。
主演:大泉洋/監督:月川翔/配給:東宝
映画公式サイト:https://dear-family.toho.co.jp/