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地方住民の夢は「一生に一度は平壌観光」だった

 特に、国境地帯や軍事施設があるような場所に行く際には、旅行許可証の発行に厳しい検査が入る。さらに、平壌に入るときは特別の許可証が必要になる。

 北朝鮮市民には一定の年齢に達すると公民証が発行されるが、平壌市民だけには特別の公民証が発行される。脱北者らに聞いても、昔は「一生の夢は、一度でいいから平壌観光をすること」と考えている地方住民が多かったという。

真冬の鴨緑江の川縁で洗濯する北朝鮮女性=姜東完教授提供

 そんな過酷な環境下にある北朝鮮の地方。だが最近、金正恩氏は地方の不満をおさえることに躍起だ。1月に開かれた朝鮮労働党政治局拡大会議では、20か所の地方に毎年、新たな工場を10年間建設し続ける「地方発展20×10政策」を決定した。

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 そうした中、7月に中朝国境地帯の平安北道などで大規模な水害が発生。金正恩氏は、2度にわたって被災地を訪れ、食料品などの支援物資を届けただけでなく、被災地への大胆な支援策を打ち出した。被災地の児童や高齢者ら1万5400人以上を平壌に招待して、新しい住居が完成するまで面倒を見ることを決めたのだ。

 その後、金正恩氏は平壌に到着した被災地の児童らを出迎え、児童たちが使う学用品や靴などもプレゼントするなど異例の“厚遇ぶり”をみせた。

 水害支援はまだしも、平壌へ地方の住民を招待するのは異例のことだ。金正恩氏が今になって地方の「ご機嫌取り」に奔走するのはなぜなのか。

金正恩がいまになって地方を“厚遇”するワケ

 もともと、北朝鮮の政策は「平壌一極集中主義」というものだった。北朝鮮を逃れた元党幹部は「地方はほぼすべての利益を、革命の首都である平壌に捧げなければならない」と語る。

 たとえば、地方の農業生産物や工業製品はまず、国庫に納められる。中央政府が、金日成生誕記念日や建国記念日などに合わせて、地方に忠誠資金の上納を求めることはあるが、地方に補助金を出すことは基本的にない。地方に駐屯する軍部隊は、地域にある鉱山や漁港などに関する利権をもとに自給自足生活を送っている。

中朝国境を流れる鴨緑江沿いの北朝鮮の農村。女性たちが足を使う杵で穀物をついていた=姜東完教授提供

 今回、金正恩氏が約1万5000人の被災者を平壌に招いたのは、地方の人々の「夢」をかなえることで、歓心を買おうという狙いがあったと言える。ただ、上述の元党幹部は「それだけ、地方で不満がたまっている」とも語る。