大塚と東富士はバーで一緒にジュースを飲んで…
大塚が座ると、東富士が、テーブルの下で新聞紙の包みを出した。
大塚は、その包みを受け取る前に、カウンターに眼を放った。東富士を信じていたものの、やはり、その後ろに、警察が隠れているかもしれない。のぞきこみたい誘惑にかられた。が、みっともないので、自分を制した。
ボーイに眼を走らせた。
〈刑事が、このボーイに変装しているにしては、若すぎる〉
大塚は、テーブルの下で新聞紙の包みを受け取った。
持ってきていた鞄に、素早くしまいこんだ。中身の確認はしなかった。大塚は、すぐにバーを出るのも不自然なので、東富士とジュースをいっしょに飲んだ。
あとは何も話さず、
「では、またな」
と言って外に出た。
バーの近くでは、花田と森田が車を止め、やきもきしながら待っていた。大塚は、急いで車に乗りこむや言った。
「うまくいった」
大塚は、東富士から受け取った新聞紙を開いた。約束どおり、50万円あった。その夜、大塚はその50万円を持って、東興業へ行き、安藤に報告した。社長室にいた島田宏が、険しい表情で言った。
「大塚、それはまずい。恐喝になるぞ」
安藤の知恵袋的存在であった島田は、法律にくわしかった。
「手形でいいから、50万円、東富士に渡しておけ」
渡した手形が不渡りに
安藤も、東富士の誠意に免じて、力道山の命を狙うことをやめた。
安藤は、大塚に言った。
「手は引くが、条件がある。東富士を通じて、力道山に伝えておけ。今後、用心棒などいっさいやらぬ。悪酔いして、人に暴力はふるわぬこととな」
これで力道山事件は一件落着したかに見えた。
ところが、東富士に渡した手形が、不渡りになってしまった。大塚は思った。
〈東富士に、申しわけない〉
もし東富士の持ってきた50万円が、力道山から出たものなら、手形が不渡りになってもかまいはしなかった。が、おそらく、東富士の性格からして、50万円は、東富士が自分で用立てたにちがいなかった。
大塚は、東京湾から茨城県の鹿島に船で行った。不渡り手形を出した先は、鹿島の醤油屋であった。
大塚が醤油屋に乗り込むと、人のよさそうな赤ら顔の主人が出てきた。
大塚が凄むと、主人は泣いて弁解した。
「せがれが、ウチの手形を乱発してみなさんにめいわくをかけているんです。本当にすいません」
おやじと息子がグルで芝居を打っているようには見えない。
主人は、奥から20万円持ってきて、大塚に手渡した。
「これで、とりあえず許していただけませんでしょうか」
大塚も、主人の泣き顔を見ていると、それ以上執拗(しつよう)に迫ることはできない。
「わかった。20万円でいい」