自粛だらけの激励会にナベツネが激怒
私は同じ16日に、東京都内のホテルで開かれた財界人による巨人の激励会「第19回燦燦(さんさん)会」に出席した。ホテルの控室から選手を舞台へと送り出し、約200人の財界人らとともに、会場で進行を見守っていた。
大震災の直後だけに、ヤクルトや横浜などはシーズン開幕前の激励会を自粛していた。挨拶に立った球団会長の渡邉恒雄は「被災地の皆さんを激励し、お慰めして、我々も復興に向けてそれぞれの立場で努力することを誓い合う会にしたい」と説明した。燦燦会会長の御手洗冨士夫(キヤノン会長)や原辰徳監督が挨拶して、選手が舞台を下りる。監督、コーチ、選手が募金箱が設置された各テーブルに着いた。
例年ならば、人気選手たちのところにはサインを求める財界人らの列ができる。笑顔の選手と記念撮影をしたり、握手を交わし肩を叩いたりして、「頑張ってくれよ」と励ます人たちで会場は賑わいを増すのである。
そのとき、日本テレビの司会者がマイクを取り、「本日は復興支援を兼ねております。記念撮影、サインはご遠慮ください」と注意を告げた。復興支援を兼ねているので、賑やかな撮影会やサイン会にならないようにとの配慮である。ああそうなのか、と私は思った。
すると、いったん退いた渡邉が背中を丸め、舞台の中央に再びつかつかと登場した。おや、と誰もが注目した。渡邉は真ん中のマイクにたどり着くと、突然声を荒らげた。
「腹が立った。何で選手と写真を撮って、サインをもらって悪いんだ。写真は(フラッシュで選手が)目を痛めるとかあるかもしれないが、選手のサインをもらいたくて来られたお客さまもたくさんいるんだよ。誰が決めたんだ。そんなこと。何でも禁止すりゃいいってもんじゃねえんだ。誰が言ったんだ。あとで懲罰する!」
翌17日付けの日刊スポーツは、〈この「ツルの一声」で、サインも写真撮影も許可された。恒例の燦燦会は今年も渡辺球団会長の独壇場だった〉と報じている。
怒鳴られた関係者は凍り付いたように立ち尽くしている。財界人たちはグラスを手に顔を見合わせたり、苦笑いを浮かべたりしていた。
独裁者は、公衆の前でめったに横暴の貌(かお)を見せない。側近たちが暴君の先棒を担いで意志を実現するからである。だが、彼が癇癪玉を破裂させたために、読売グループの絶対的支配の様相と、それに付き従わざるを得ない私たちの屈辱的な姿があらわになってしまった。
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本記事の全文は「文藝春秋」2024年11月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています(清武英利「記者は天国に行けない 第34回 独裁者の貌」)。
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