しかし、この歩行様式は四足歩行に比べて敏捷性や速力が劣り、地上性の大型肉食獣には無力であったであろう。
とくに、肉食動物は幼児を狙うので、幼児死亡率が増大したはずだ。そこで、人類は餌食になる哺乳動物のような多産の特徴を身につけた。それは一度にたくさんの子どもを産むか、短期間に1頭ずつ何度も産むかであり、人類は後者の道を選択した。そのため、離乳を早めて排卵周期を回復させ、出産間隔を縮めたのである。
しかし、200万年前に脳が大きくなり始めたために、子どもの成長を早めることができなくなった。すでに直立二足歩行が完成し、骨盤が皿状に変形して産道の大きさを広げられなかったため、あらかじめ頭の大きな赤ちゃんを産めなかったのである。そこで、人類は生後急速に脳を成長させる道を選んだ。
脳の成長の次に身体の成長がやってくる
ゴリラの赤ちゃんの脳は生後4年間で2倍になり、おとなの大きさに達する。人間の赤ちゃんの脳は生後1年間で2倍になり、5歳までにおとなの90%まで達し、12~16歳で完成する。
人間の赤ちゃんの体重が重いのは、体脂肪率が高いためで、急速に成長する脳に栄養が行き届かなくなるのを守るためである。この時期人間の赤ちゃんは、摂取エネルギーの40~85%を脳の発達にまわしている。そのため、身体の成長が遅れることになったというわけである。
脳が完成する時期、身体の成長にエネルギーを回せるようになって、成長速度が加速する。これを思春期スパートといい、心身のバランスが崩れる時期である。繁殖力と社会的能力を身につけなければならない時期でもあり、トラブルに巻き込まれて傷ついたり病んだりする。
人間の親子を取り巻く社会関係は、この離乳時期と思春期を支えるために作られたといっても過言ではないと思う。
霊長類学者・人類学者
1952年東京都生まれ。京都大学理学部卒、同大学院理学研究科博士後期課程単位取得退学。理学博士。83年に財団法人日本モンキーセンターリサーチフェロー、京都大学霊長類研究所助手、京都大学理学研究科助教授、教授、京都大学総長等を経て、総合地球環境学研究所所長。アフリカの奥地で40年を超える研究歴を有し、ゴリラ研究の世界的権威。著書に『人生で大事なことはみんなゴリラから教わった』(家の光協会)、『ゴリラからの警告』(毎日文庫)、『共感革命』(河出新書)、『森の声、ゴリラの目』(小学館新書)、共著に『ゴリラの森、言葉の海』(小川洋子 新潮文庫)、『虫とゴリラ』(養老孟司 毎日文庫)、『動物たちは何をしゃべっているのか?』(鈴木俊貴 集英社)など多数。