――円以外の大御所の方が来たことは。

橋爪 ものすごい人がうちに来たというのは、あんまりなかったですけど、渡辺謙さんがいらっしゃったことはありますね。謙さんが主演されていた『仕掛人 藤枝梅安』(フジテレビ・1990~1993年)で、父親が梅安の相棒の彦次郎を演じてたんですよ。僕も『梅安』を観てたんですけど、そのときって4歳とか5歳だから、仕掛人の梅安が怖くて。

 そうしたら、家に謙さんがいらっしゃって。謙さんを見た瞬間に「梅安だ。殺される!」と思って、ギャーッって大声を出して2階に逃げて、布団にくるまって泣いてたそうです(笑)。これも「なんてことしてんだ」って感じですけど。

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小学生時代の橋爪遼さん(本人提供)

私立の小学校で「芸能人の家って豪華なんでしょ」と聞かれ…

――お父さんが俳優なので、幼稚園の発表会で劇をやるときなどは周りから期待されたのでは。

橋爪 幼稚園は、記憶にないんですけど。小学生のときは同級生から「絶対に主役やるよな」みたいな雰囲気はありましたね。「遼、あれだよな。主役だよな」みたいな。でも、それに反発してナレーションやったりしてましたけど(笑)。「やれ」と言われると、ちょっと「イヤだな」ってのがあって。

――主役でないことに、お父さんはどんな反応を。

橋爪 なにも言わなかったですよ。ちゃんと観には来てくれるんですけどね。

――小学校は公立?

橋爪 いや、幼稚園、小学校、中学校と私立のエスカレーターで。

――やはり同級生には、すごいところのお子さんが多いわけですか。

橋爪 すごい子たちが多かったですね。そうした子たちの家に比べたら、うちなんか全然で。なのに、お金持ちの家の子から「おうち、シャンデリアなの?」とか「床って大理石なの?」とか聞かれるんですよ。「芸能人の家って豪華なんでしょ」みたいなイメージを抱いてたみたいなんですけど、「それは、君んちのほうでしょ」って、よく思ってましたね。

 

小学5、6年生のときにイジメに遭った

――幼少期を振り返ると、どんな子供でした?

橋爪 わりと目立ちたがり屋ではありました。運動会とか、ちょっと目立つポジションがある行事になると、率先して手をあげてた気がします。ただ、目立ちたがり屋のくせに、そこまでガツガツいけるタイプでもないっていう、ちぐはぐな子供でした。目立ちたいけど、悪目立ちはしたくないみたいな。

 あと、ちょっと空気を読むのが苦手なところもあって。それで、いじめに遭いましたし。

――いじめは、いつぐらいに。

橋爪 わかりやすく、いじめに遭ったのは、小学5、6年のときですね。クラスの席替えって、仲のいい子たちで固まることが許されてたんですよ。で、僕が最後に余って、他の余った子と隣同士になるとか。