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ファンの信頼に勝利で応えてくれたふたり 中日・岩瀬仁紀と浅尾拓也の野球人生

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/09/28
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「とにかく我慢」を重ねた人間・岩瀬仁紀

 岩瀬仁紀は、いつもマウンドで淡々としていた。

 前人未到の通算406セーブ、空前絶後の999試合登板。球史に燦然と輝く選手である。2017年6月には史上最長ブランクとなる月間MVPを獲得。今シーズンは投手陣の中で唯一、開幕から一度も抹消されることなく一軍で投げ続けた。“鉄腕”という二つ名がふさわしい。

 一度だけ岩瀬にインタビューしたことがある。今から5年前、2013年のシーズン中だった。数々の金字塔を打ち立てた“超人”なんかではなく、どこにでもいそうな“人間”としての岩瀬の姿がとても印象に残っている。

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 試合を締めくくるクローザーは、チームの仲間たちが築き上げてくれたリードを守り、勝利を祈るファンの願いに応えるのが役割だ。2007年、53年ぶりの日本一をかけた“完全試合継投”は打者3人を背番号と同じ13球で退けてみせた。離れ業としか言いようがない。

 日々襲い来る過酷なストレスにどう対処しているのか? 岩瀬は訥々と答えてくれた。

「正直、ストレス解消なんてないですよ。そもそもストレス解消は無理だと思っています。シーズンが終わるまでは、とにかく我慢の時期。ストレスに慣れるしかありません」

 驚いた。「とにかく我慢」なのだ。こんな登板を岩瀬は1000回近くもこなしてきた。気が遠くなる。「打たれたときのダメージは、抑えたときの何十倍」「1試合抑えに失敗しただけで、それまでのことがすべて打ち消されてしまうような気分になる」と語る岩瀬を見て、一緒だ、と思った。この人は神様なんかじゃない。人間なんだ。

 それでも岩瀬は失敗にとことん向き合う。寝ようとしてフラッシュバックに襲われて跳ね起きると、また一から振り返って投球のことを考え直す。脂汗を流し、憔悴しながら、この作業を繰り返し、誰にも真似のできない大記録を達成したのだ。

 後輩の救援投手たちへのアドバイスももらった。

「全部が全部抑えられるわけではない。やられたら、次が一番大事になる。切り替え方は人それぞれです。ポジティブな考え方の人もいれば、僕みたいにネガティブな考え方の人もいる(笑)。次の試合に自分がどういう形で入ればうまくいくのか、早く覚えてほしい」

 自分の方法を押し付けない岩瀬は、投手コーチに適任だと思う。小笠原慎之介や佐藤優も折にふれて岩瀬から助言をもらっていることを明かしている。

「理想は勝って終わること。結果がすべて。2点差で勝っていれば、1点で相手を抑えればいい。なによりもチームの勝利が大切。それが抑えというポジションなんです」

前人未到の通算406セーブを誇る岩瀬仁紀 ©文藝春秋

岩瀬や浅尾を信頼したように今の選手たちを信頼しよう

浅尾が投げる姿は閃光のようだった。
岩瀬が抑える姿は神様のようだった。
浅尾から岩瀬へのリレーは完璧だった。

 僕たちファンは彼らを信頼し、岩瀬も浅尾も苦しみながら投げぬいて、信頼を勝利という形で返してくれた。記録はその結果に過ぎない。選手が信頼に応えてくれれば、ファンのチームへの愛はさらに深まる。理想的だったと思う。

 阪神との本拠地最後の3連戦は、美しい思い出に浸りつつ、厳しい現実を突きつけられるシリーズとなる。浅尾の最終登板、岩瀬の1000試合登板も行われる予定だが、最下位で終わるか否かが決定づけられる重要な試合でもある。浅尾が引退を発表し、岩瀬と荒木の引退が報じられた前日、ドラゴンズは今シーズン37度目の逆転負けを喫した。チーム状態は最悪に近い。

 岩瀬も浅尾も(もちろん荒木も)ドラゴンズ再建のために力を貸してくれるだろう。だけど、新しい時代は選手たちが自分の手でつくらなきゃならない。ならば、僕たちファンにできることは、岩瀬や荒木や浅尾を信頼していたように、今の選手たちを信頼してやることじゃないだろうか。彼らが勝利を返してくれるまで、ひたすら、愚直に。それが偉大な選手たちへの感謝と恩返しになるんじゃないだろうか。

 引退を決めた彼らも、僕たちファンも、ドラゴンズが再起して、みんなで笑い合える日がまたやってくることを心から願っている。ひとまずはお別れを言おう。さようなら、そしてありがとう。最後の勇姿をナゴヤドームで見届けます。

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