「いかに自分から遠いか」で仕事を選ぶということ
――ご自身としても様々な仕事をするようになったきっかけは『仕事。』にあったと。
川村 『仕事。』以前は、「あんな人になりたい」「こんな仕事をしたい」と思ってやっていた気がします。でも、巨匠の多様すぎる人生を学んだ『仕事。』以降は、そういうやり方は大して面白くないと気づきました。そもそも自分でわかっていることなんてたいしたことないし、想像できる範疇の自分になっても面白くない。だから、自分でやりたいことというより、人に決めてもらうというか、むしろオファーをいただいて「はたして自分でできるだろうか?」みたいなことを仕事にするようになりました。例えばいま月刊『文藝春秋』で認知症の母親とその一人息子の記憶をめぐる物語である『百花』という4作目の小説を連載しています。なかなか自分では縁遠い、権威ある雑誌だったのですが、当事者として読んでみると毎号とても刺激的で面白い。「平均年齢が70歳の読者の方々に、自分の小説をどう面白がってもらえるだろうか?」と考えることで新しい表現や物語も生まれてきていて、近年は「いかに自分から遠いか」で仕事を選んでいる部分もあります。
安全な道は緩やかに自分を腐らせていく
――自分から遠い仕事を引き受けるのは、多くの人にとっては、勇気が要るものだとも思います。
川村 『仕事。』の中で横尾忠則さんが「自分が見えている道は不確か。暴走トラックか何かがどーんと飛び込んできて足が揺らいで倒れてみないと見ることができない風景がある」と話してくれていますが、安全な道は緩やかに自分を腐らせていくというその話は、本当に目から鱗でした。最初から愉快だったり、居心地のいい話は、ダメなんだと思います。
ちなみにハリウッドで仕事をしはじめたとき、初めは「どこの日本人か知らないけど、がんばってね」って感じでした。当然かと思います(苦笑)。ただ、日本でちょっとうまくいくとなんでも「お任せします」と話が通るようになってしまうところもあって、自分が全然相手にされていないそういう状況の方が僕は学びがあってうれしい。常に新人でいられる場所を探したいんです。
高校時代からずっと続けているバックパックの旅も全く一緒で、安宿に入ったときの“自分が誰でもない感”って半端ないじゃないですか(笑)。僕の日本でのキャリアなんてインドの安宿ではどうでもよくて、たまたま同じ宿に泊まっていた旅人とノリで安い飯屋に行って、ちょっと喋ってみて「お前、なかなか面白いこと言うね」って思ってもらえる瞬間があるかどうかが勝負だと思ってます。そこはハリウッドの打ち合わせでも同じだと思っています。
――他に12人の言葉の中で特に思い出されるものは?
川村 坂本龍一さんが話してくれた「勉強とは過去の真似をしないためにやる」という言葉ですね。坂本さんをもってしても、あらゆる音楽を研究し、勉強をした結果、やっとオリジナリティあふれる曲にたどりつくわけで、自分では新しいことをやっているつもりでも意外と先行事例が多いという教えは、肝に銘じています。
(#3へ続く)
川村元気/映画プロデューサー、小説家。1979年横浜生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。『電車男』『告白』『悪人』『モテキ』『おおかみこどもの雨と雪』『君の名は。』などの映画を製作。初小説『世界から猫が消えたなら』は140万部突破のベストセラーとなり、海外各国でも出版。他の小説に『億男』『四月になれば彼女は』、対話集に『仕事。』『理系に学ぶ。』、『超企画会議』など。2018年は佐藤雅彦らと製作した初監督作『どちらを選んだのかはわからないが、どちらかを選んだことははっきりしている』がカンヌ国際映画祭短編コンペティション部門に選出されたほか、公開待機作として自身の原作が佐藤健、高橋一生出演により映画化された『億男』(10月19日公開)、中島哲也監督と『告白』以来8年ぶりのタッグとなる『来る』(12月7日公開)など。
インタビュー&構成/岡田有加
写真/杉山ヒデキ(文藝春秋)