1ページ目から読む
2/2ページ目

日本一の瞬間、予想外の展開に……

 9回ウラ、阪神の最後の攻撃。マウンド上にはロッテのクローザー、小林雅英。わずかに1点のリード。2アウト、ランナーなし。バッターは藤本。カウント 1ボール 2ストライク。

 ハンドマイクを握っていた僕は、その時、最後は三振で決まるのではないかという予感がした。

 そして、次の投球、小林雅英の渾身のスライダーに、藤本のバットが空を切った。

ADVERTISEMENT

 決まった。ロッテの日本一が決まった。

 周りの大歓声に負けないように、張りのある大きな声で、はっきりとした口調で僕は叫んだ。

「千葉ロッテマリーンズ、日本一! 阪神タイガースをねじ伏せて、ついに頂点に立ちました!」

 プロ野球のその年の頂点が決まったのだ。しかも、31年ぶりの日本一だ。何万人もの興奮した歓声に包まれるはずだった。

 しかし、そうはならなかった。

 代わりに訪れたのは、静寂だった。まさかの静寂。

 阪神ファンの熱くたぎるような歓声は、一瞬にして、ため息と静けさに変わったのだった。

 そして、何千人もの黙ってしまった阪神ファンの真っ只中で、僕の大声での実況がきれいに響き渡ってしまった。

「逃げましょう! こっちです」

「おい、何ゆうてんねん」「何だ、おい」「ふざけてんのか」「誰だ、今のは」

 急速に周りの空気が悪化していくのを感じた。

 お酒が入っているお客さんも多かった。これは、まずい。

「逃げましょう! こっちです」

 ディレクターが僕の腕をつかんで、走り始めた。うしろで怒鳴り声が聞こえた。

 群衆をかき分けて逃げた、あの時の僕は、ロッテが日本一になった高揚感と、阪神ファンの気持ちを逆なでしてしまった恐怖という、両極端な感情の中にいた。

 叫びたいほど嬉しいけれど、体験したことのない怖さ……。

2005年、日本一に輝いた千葉ロッテマリーンズ ©文藝春秋

 あの歓喜と恐怖の日本一から時は流れて、今、2021年10月。

 マリンスタジアムのウグイス嬢、谷保さんの「千葉ロッテマリーンズ、優勝でございます」という晴れやかな声が聞けるだろうか。

 そして僕は、偶然にも、優勝の瞬間に実況席にいるならば、今度は「優勝!」と叫んだあとは、余韻に浸りたい。もう、走って逃げる必要はないのだから。

◆ ◆ ◆

※「文春野球コラム ペナントレース2021」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト http://bunshun.jp/articles/48965 でHITボタンを押してください。

HIT!

この記事を応援したい方は上のボールをクリック。詳細はこちらから。