日本一の瞬間、予想外の展開に……
9回ウラ、阪神の最後の攻撃。マウンド上にはロッテのクローザー、小林雅英。わずかに1点のリード。2アウト、ランナーなし。バッターは藤本。カウント 1ボール 2ストライク。
ハンドマイクを握っていた僕は、その時、最後は三振で決まるのではないかという予感がした。
そして、次の投球、小林雅英の渾身のスライダーに、藤本のバットが空を切った。
決まった。ロッテの日本一が決まった。
周りの大歓声に負けないように、張りのある大きな声で、はっきりとした口調で僕は叫んだ。
「千葉ロッテマリーンズ、日本一! 阪神タイガースをねじ伏せて、ついに頂点に立ちました!」
プロ野球のその年の頂点が決まったのだ。しかも、31年ぶりの日本一だ。何万人もの興奮した歓声に包まれるはずだった。
しかし、そうはならなかった。
代わりに訪れたのは、静寂だった。まさかの静寂。
阪神ファンの熱くたぎるような歓声は、一瞬にして、ため息と静けさに変わったのだった。
そして、何千人もの黙ってしまった阪神ファンの真っ只中で、僕の大声での実況がきれいに響き渡ってしまった。
「逃げましょう! こっちです」
「おい、何ゆうてんねん」「何だ、おい」「ふざけてんのか」「誰だ、今のは」
急速に周りの空気が悪化していくのを感じた。
お酒が入っているお客さんも多かった。これは、まずい。
「逃げましょう! こっちです」
ディレクターが僕の腕をつかんで、走り始めた。うしろで怒鳴り声が聞こえた。
群衆をかき分けて逃げた、あの時の僕は、ロッテが日本一になった高揚感と、阪神ファンの気持ちを逆なでしてしまった恐怖という、両極端な感情の中にいた。
叫びたいほど嬉しいけれど、体験したことのない怖さ……。
あの歓喜と恐怖の日本一から時は流れて、今、2021年10月。
マリンスタジアムのウグイス嬢、谷保さんの「千葉ロッテマリーンズ、優勝でございます」という晴れやかな声が聞けるだろうか。
そして僕は、偶然にも、優勝の瞬間に実況席にいるならば、今度は「優勝!」と叫んだあとは、余韻に浸りたい。もう、走って逃げる必要はないのだから。
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