親子のかたちは時代を映す。昭和59年から40年続いた長寿連載、一号限りの豪華リバイバル
父は昭和2年生まれ、母は昭和5年生まれ。ともに戦争を経験しています。食べ物を粗末にしない事。物を再利用しようとする思考。我が家にはそんな小さな教えが静かに染みついていたと思われます。
父は陸軍経理学校卒。戦時中、立川の病院に高熱により入院。空襲警報の度に担架で防空壕に運ばれ、移動の度に病状が悪化。4度目の空襲警報の際には「運ばれる度に具合が悪くなる、もういいから置いて行ってくれ」と頼み、そのまま病床に残りました。空襲警報と言っても、偵察だけをして帰還することも多く、たかをくくっていたようですが、まさかの爆撃。病院の壁には大きな亀裂が走り、地響きのような衝撃と、目の前が見えなくなるほどの埃と煙。とっさに布団をかぶり「これは死ぬんだな」と自覚したそうです。結果、10個あった防空壕のうち、8個が大破。もしも「ソコ」へ運ばれていたら、本当に命は無く、今私が存在している事もなかったでしょう。

「だからな、世の中の大抵の事は、どってことないんだ。死ぬ時は死ぬ。今の日本じゃ死なねえ。死にてえって言っている奴でも戦場に行ったら、生きている事に感謝するようになる」と。それは夕飯時のたわいもない会話でしたが、今、平和ボケしていると言われる日本で…、世界のあちこちに緊張が走る中、この言葉が重く思い出されます。痛い事、辛い事、時に死を選びたくなってしまう事も少なくない今の若者たちに響く経験とも思えませんが、それでも、生きる事を選べない場所があったという事実は、長年私がラジオで話す際の言葉選びに、大きく影響をもたらしています。
終戦後、学びたくとも金は無く、仕方なく父は金のかからない国立(こくりつ)の大学に進学。とにかく「学ぶ」という事をしたかったと言っていました。まだ受かってもいないのに、大学の学ランと学帽を身にまとい合格発表を見に行くも、見事に不合格。「ありゃあ、番号無いわぁ、もう1年勉強するかあ」と浪人生活に突入。誰かにやらされていたわけではなく、自ら学びたい情熱ゆえ、一浪など物ともしなかったようです。
「あれはもうかった」
そして金無し苦学生は、生活の為に「アルバイト」を始めます。どこでどんなご縁だったのかは定かではないのですが、お餅を売って歩いたそうです。もち米を蒸かして、搗(つ)いて、小分けにして、近くの病院の患者に売って回ったとか。内科はともかく、整形外科などは食事制限があるわけでもなく、病院食では足りない若者に飛ぶように売れたそうで、何度も「いやあ、あれはもうかった」と嬉しそうに話してくれました。しかし、この餅、実はとんでもない代物で、「金が無いから、ふんどし2枚しか持っていなくてなあ、1枚をよ~く洗って、餅を搗き、1枚を使って生活していた」と……。え……衛生面とか……いや、さすがに……。とはいえ、知らぬが仏。過去も過去過ぎる過去の話。時効とさせていただきたいと思います。
厳しく、賢く、豪快な父でしたが、勉強の事でとやかく言われたことはありません。しかし、「やれないことは、やれるまでやればいい」という思考から、出来ない人の気持ちへの理解は乏しく、ため息が出る事もしばしばでした。
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