親子のかたちは時代を映す。昭和59年から40年続いた長寿連載、一号限りの豪華リバイバル
母が父と結婚した際、義理の母から「この子が小さい頃から大好きだったものよ」と古びた木製のそろばんを渡されたという。銀行員から家業である不動産業を継いだ父は、祖母の言葉通り、数字に親しみ、数字を味方にして生きてきた人だ。私から見ても、父はいつも数字と睨めっこしている。幼い頃、父はよく家に書類を持ち帰っていた。びっしりと数字が並んだその書類を、じっと見ている父の姿が今も記憶に残っている。書類を覗いてみたことが何度もあるが、当時は意味がわからなかった。ただ、父が数字と向き合う姿から、数字とは単なる記号ではなく、真実をあぶり出し、現場に潜む本質を浮かび上がらせる力を持つものだと感じるようになった。
私が父から「森トラスト」を継いで、今年で10年になる。経営者として走り続けられるのは、父が小さいころから自然な形で事業の現場を私に見せてくれていたからだ。
特に思い出深い場所は、静岡県の修善寺である。修善寺は、父が約50万坪の土地を切り拓き作り上げた「ラフォーレリゾート修善寺」があり、森トラストが手掛ける日本初の法人会員制倶楽部「ラフォーレ倶楽部」の礎となった場所だ。江戸っ子の私は、友人たちのような帰省先がなく、いつも盆正月に帰省する友人たちが羨ましかった。そんな私にとって、修善寺は“帰る場所”となった。帰省するたびに新しい建物ができていく様子は、まるで生き物のようで心が躍った。修善寺以外でも、家族旅行の際ジープで探索していた森に、数年後にはホテルが建っていて驚いたことがあった。父は知らず知らずの間に私を不動産事業の世界に導いていたのだろう。

ちなみにこの旅行で母が体調を崩し、父に動物園に連れて行ってもらったことを覚えている。せっかくの家族旅行で、幼い私を飽きさせまいという父の優しさだったのだろう。後年になって、この旅行が家族旅行と銘打った視察旅行であったことに気がついたわけだが。
大学生になった私は、ラフォーレ倶楽部ビジネスの立案にまつわる戦略と戦術の数々について夜ごと問いかけては、その奥深い物語に耳を傾けた。サラリーマンの余暇がどう変容するか、父は時代の流れを先読みし、広大な森に道を拓き、建物を建て、人々を呼び込んだ。金利7~9%という厳しい時代にあって、資金調達の妙、集客活動の効率化――その一つひとつの戦術は、ビジネススクールのケーススタディのように緻密で、実践的であった。
父は「事業の目的は、会社という器を通して社会に貢献することだ」とよく語っている。土地開発にしても、ただ切り拓くだけでなく、戦略を積み重ね続けていけば、その地域の交通環境が変わり、活気が生まれていく。仕事は水晶の玉のように、光の当て方や見る角度によって姿を変える。だからこそ、一つの角度だけで判断せず、多面的に検証することが大切だ、と教えられた。
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