親子のかたちは時代を映す。昭和59年から40年続いた長寿連載、一号限りの豪華リバイバル
父は精神科医だった。いわゆる昭和の頑固親父で、子供の頃も父と仲良く遊んだ記憶はあまりない。
それでも、僕の人生において父の存在はとても大きい。直接何かを教えられたことはほとんどないが、建築家としての僕を作ったさまざまな出来事が、父に関係しているからだ。
僕が小学校2年生の夏に、父は自分の病院を開業することを決め、僕たち家族は今の実家がある北海道上川郡東神楽町へと移住した。美しい田園の小さな町の自然の中で遊びまわった子供時代の記憶が、今の僕の建築を支えている。それは永遠に終わらないと思える素晴らしい時間だった。季節がめぐり大雪山の美しい姿が日々変化し、周囲の木々や空がさまざまな表情を見せる。冬には全てが白となり、しかしその白は無数の白であり、夕方の空の色は水色とグレーとピンクとその間の言葉にできない色合いへと変化していく。

自然といえば、中学2年生の時に父が大雪山を縦走しようと言い出したことがあった。若い頃の父はワンダーフォーゲル部だったのだ。僕と父の2人で2泊3日を大雪山の山の中で過ごした。不器用な父は特に何を言うわけでもなく黙々と歩き、小さなテントに2人で寝て、次の日もまた歩いた。その時に体感した「神々の庭」といわれる大雪山の風景は、40年経った今でも、自然の持つもっとも美しい姿として僕の記憶に刻まれている。
父は高校時代から医学生時代にかけて油絵や彫刻などのアートを制作していた。僕たちが生まれて以降は制作活動はやめていたが、アートに関する本が家の中に所狭しと溢れていた。ある日、その中の1冊が目に留まった。アントニオ・ガウディの作品集である。そのとき僕は初めて、建築というものが単なる建物ではなく、建築家がクリエイティブに創造するものだということを知った。中学2年生の頃だった。
高校時代には、父の書棚で見つけた1冊に夢中になった。ロシア生まれの物理学者ジョージ・ガモフが一般読者向けに相対性理論などの最先端の科学を紹介する本だ。それを読んで一気にアインシュタインにのめり込んでいった。新しい概念によって世界の認識を塗り替えていくことがかっこよく見えた。東大に進学した当初は物理学を専攻したいと思っていたくらいだ。化学者のプリゴジンが提唱した散逸構造や複雑系の科学など僕の建築へ大きな影響を与えた自然科学の知見も、このアインシュタインへの憧れの延長にあるのだ。
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