親子のかたちは時代を映す。昭和59年から40年続いた長寿連載、一号限りの豪華リバイバル
2025年の夏に水戸市にある水戸芸術館現代美術ギャラリーで展覧会を開催した。そのタイトルは「ひとり橋の上に立ってから、だれかと舟で繰り出すまで」というもので、私の物心ついた頃から現在までの活動をその折おりの人との関係に触れながら作品やアートプロジェクトで紹介する展覧会であった。東京藝術大学での「共に創る入学式ワークショップ」という新入生約1000人と一緒に会場の彩りを創り出す映像があったり、地域の特性を生かした地元住民とのアートプロジェクトを絵本にして紹介したりした。展覧会場の入り口には、ゼロ歳児の日比野が一人称で書いた設定のテキストを大きな和紙に手書きで掲示した。内容は、周りへの配慮などが全くまだできない状況での体験経験が、自身の嗜好性を持つ身体の構築に結びついていくというものである。そしてこのテキストの先に展示されているものが、私が幼い頃遊んでいた「積み木」。その解説文として、「私が大学生の頃に岐阜市の家に帰った時に、母が私の玩具などを整理していた、その中に積み木があり、私はそれを見たときに大変驚いた、それは私が好きで作品によく使う色がその積み木の色であったのである。色に対するセンサーが私の体の中に備わり始めたのは、この積み木と楽しく遊んでいた時であった」。

その先の展示のコーナータイトルは「お母さんキュレーション」と名付けられていた。お母さんキュレーションとはこの展覧会のキュレーターである竹久侑さんが名付けたものである。彼女自身も2児の母である。竹久さんがリサーチで岐阜に来た際に注目したのが、私の幼小中学校の頃に描いた絵などで、私の大学時代の作品も同じように岐阜に保管されていた。大学院生でアーティスト活動を始めて以降も東京のアトリエで描いた作品はすべて岐阜の実家に送っていた。母親からしてみれば、幼い頃からの作品をアーカイブする延長であったのであろう。母親はその中で自身の好みの作品があると、額装し、実家に飾っていた。いわゆる実家というギャラリーのキュレーションを母親がしていたという見立てである。そのお母さんキュレーションされた作品が水戸の美術館で展示され、母親の存在との関係という形で紹介されていたのである。
この展覧会タイトル「ひとり橋の上に立ってから、だれかと舟で繰り出すまで」のことだが、これは私が幼稚園の時に一時期家が2ヶ所にあり、幼稚園が終わると今日はどちらの家に帰るのかというのがその日ごとに違っていた。ある日帰ったら、家には誰もおらず、朝言われた家とは違う家に帰ってしまったことに気がつく。川を挟んだ友達の家に行ったら彼もおらず、私は両方の家が見える少し上流の橋の上で時間を過ごした。ひとりになった原因は自分にあり、泣いたとしても周りに誰もいないので、悲しいけれども泣かなかった初体験が橋の上であったのだ。
つまり自分自身というものを認識した場所が橋の上であったのではないかということ。それは表現をするという動機には一番大事なことだ。私の表現活動のスタートはこの時だ、という意味で展覧会タイトルとした。まただれかと舟で繰り出すまでというのは、個人ではなく他者との連携によっての活動のことである。
中からお宝が
2011年まで母は私の作品を岐阜の倉庫で保管し続けてくれていた。展覧会は来年4月から青森県八戸市美術館に巡回する。水戸での作品の展示内容とほぼ同一のものであるが、プラス梱包したままの岐阜にある作品も「開梱プロジェクト」というネーミングで展示する予定である。最後にもう一つ母親エピソードを付け加えておこう。私がパリで描いたスケッチを水戸で展示する際に額を補強するために外したら、中に4枚の同じパリの風景のスケッチが入っていた。入れたのはおそらく母親であろう。4枚の作品の中から彼女がこの絵を一番表に出して、自身の部屋に飾っていたのである。額装されたこの状態から当時の母親の息子の絵が送られてきたときの心境が推測されるのである。これを発見したのが竹久さんであり、私に送られてきたメッセージが以下のものになる。
「作品の額装を外したら、中からお宝が。お母さんですよね。水戸までついてきてくれたみたいですね」
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