親子のかたちは時代を映す。昭和59年から40年続いた長寿連載、一号限りの豪華リバイバル
父の話をと振られてまず浮かんだのは、いまだに父の本質を理解しきれていないのではないかという懸念である。言っておくが、私たちは決して疎遠ではない。むしろよく話すほうだと思う。両親とも医師だったが、進学や留学など人生の重要な節目では、いつも父に相談してきた。娘の将来を心配するあまり、ときとして感情的になる母に比べて、父はずっと冷静で的確に助言してくれたからだ。
だが、この冷静さが曲者なのだ。なぜなら、それは突き放した冷徹さと紙一重にもなりうる。家族のためならお節介を焼きつづけたい。手を差し伸べるついでに一言口を挟んでしまう。たびたび衝突しつつも、そういう母の気持ちはしかと受け取ってきた。逆に、𠮟られた記憶があまりないからこそ、その輪郭をつかみにくいのは父のほうである。実際、家族だけの極めてプライベートな場であっても、父が感情をむき出しにする姿はほとんど記憶にない。

例えば、高校進学と同時に親元を離れて上京した私が、急遽決まった部活の打上げに繰り出して、実家への連絡をしそびれたときのこと。電話機に向かって半狂乱になっている母にやや辟易したのか、静かにリビングを離れた父は、2階の寝室の小さなテレビでドラマの続きを観ていた。「あなたは心配じゃないの?」と詰問され、「もちろん心配だよ。でも、いま電話に出ないなら5分経ってもおそらく状況は変わるまい。そのうち気づいてコールバックしてくるから、それまで1時間に1回電話を掛けるくらいにしておけばいいんじゃないか」と返して絶句されたらしい。
結局、宴の熱狂が引いた後で、すさまじい数の着信履歴に気づいた私は、慌てて家に連絡した。そう、父が正しかったのだ。ただ正しさはときとして人を傷つける。
そんな父に激怒された記憶が一度だけある。あれは財務省で働きはじめた年だった。激務の中でなんとか帰省したゴールデンウィーク。ところが、実家の様子がおかしい。必ず迎えに来てくれたはずの母がいない。なんと、子宮にポリープが見つかって入院しているのだという。入省したばかりの私を煩わすまいと、内緒にしていたという母を見舞う。自分のことそっちのけでいらぬ心配ばかりしてくるのはいつも通りだ。
とはいえ、あのエネルギーに満ちた人に入院生活は退屈に違いない。そこで、一つ下の妹とともにDVDを借りて差し入れることにした。母の病室から回収した時点で返却まで余裕があったので、そのうち一つを姉妹で視聴していたところに、父が帰宅したのだ。
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