ファザコン娘の父自慢

復活拡大版27組 オヤジ編

吉田 羊 俳優

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親子のかたちは時代を映す。昭和59年から40年続いた長寿連載、一号限りの豪華リバイバル

 私は自他共に認めるファザコンである。父も5人きょうだいの末っ子である私を大層可愛がり、聖職者ゆえに日曜は多忙にもかかわらず、運動会には必ず顔を出し、自慢のカメラでせっせと写真を撮ってくれた。中学進学時には、5人の中で唯一私立に入れたいと言い出すも、姉兄たちの猛反発を受け断念。父の甘さは姉兄の反感へと転じ、彼らが手厳しい躾役となったのは言うまでもない。

 若い父との記憶が幾つかある。私が小学校へ上がってすぐの頃、就寝前の読書に「やかまし村の春・夏・秋・冬」という対象学年が少し上の児童書を持ってきた父。四季折々の出来事を通して成長していく子供たちを描いた文学的なその本で、「想像力と思考力」を養いたかったのだろう。今なら父の思いは痛いほど解るし、あの時「文学始め」をしていれば、今こんなに本に苦戦せずに済んだかもしれない。しかし6歳の私には難しく、読み始めてほどなくして大あくびが出た。その時の父の残念そうな顔は今でも忘れない。

吉田羊氏(本人提供)

 バイク乗りだった父の後部シートは特等席だった。ガソリンがほのかに染みた父の革ジャンの匂いが好きで、バイクの車高から見える街はいつもとちょっとだけ違って見えた。喜んで乗りたがる私を父も進んで指名し、事故で怪我をするまでは毎日のようにツーリングに出かけたものだ。そうそう、サンタを見たこともあったっけ。ある年のクリスマスイヴ。ふと目を覚ますと白髭に赤い帽子のおじいさんが私の頭を愛おしそうに撫でている。「これは目を開けたらダメなやつ!」と子羊は慌てて眠ってるフリ。そして翌朝には枕元にプレゼント。クリスマスと言えば1年で一番忙しい日だったろうに、ありがとう父よ、っと失礼、もといサンタさんよ。

 在宅ワークが多かった父は、料理以外の家事を率先してこなした。片付け上手で、母が脱ぎ散らかした服を拾って歩いては「要らないなら捨てる」とからかった。両親によって設定された毎日夕方6時半の「掃除の時間」のお陰で私は掃除好き。あみだくじで担当を決め、家族全員よーいどんで取りかかる。“ハズレ”のトイレに当たると、「人が嫌がる場所を掃除する子は偉い」と父が褒めてくれるのが嬉しく、褒められたくてむしろトイレを引き当てたい謎のモチベーションにもなった。

 父は、ユーモアの人だ。好きな歌手がさだまさしさんと言えば、彼の本質を容易にご想像いただけるだろう。特に父の「博多にわか」は絶品。博多弁訛りで繰り広げられる“言葉遊び”で、お笑いのようにフリとオチで笑わせる。来客があった時、お正月の集まりなど、事あるごとに披露された父のにわかは毎度「おおおっ」と聴衆を沸かせ、沸いた後の父のドヤ顔までがワンセットだった。そしてその血は間違いなく、私たち子供にも受け継がれている。

6歳の頃、父と(本人提供)

 そんなおもしろ好きの父の性格と言えば、穏やかで辛抱強く、未だかつて父が激高したり声を荒げているのを見たことがない。人生相談の電話を受けることも多かった父は、2時間でも3時間でも、相手の気が済むまでひたすら話を聞き続けたし、交通事故で足がぐちゃぐちゃになった時も、救急外来の処置室で一言も弱音を吐かなかった。人はこんなにも忍耐強くいられるものかと感心する一方で、父の本心はどこにあるのかと度々心配にもなった。

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source : 文藝春秋 2026年1月号

genre : エンタメ 芸能