40冊以上の育児絵日記

復活拡大版27組 オヤジ編

矢部 太郎 芸人・漫画家

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親子のかたちは時代を映す。昭和59年から40年続いた長寿連載、一号限りの豪華リバイバル

 父の手作りのラッパの音が響く。倉敷市立美術館の丹下健三設計による重厚な建築に、おならのような音がこだまして空気がゆるむ。絵本・紙芝居作家である父やべみつのりと12月21日まで行っている親子展初日の講演でのことです。ペットボトルで作ったラッパを親子で吹く。父はさまざまな容器を捨てずに集めていて廃品工作をしています。僕が子供の頃からなのでもう半世紀近くも。

 父は毎日家にいて遊んでくれました。矢部家は母がフルタイムで働き、父が家にいるという当時としては(今もでしょうか)珍しい形でした。

矢部太郎氏(本人提供)

 父が家にいるといってもただ一緒に遊んでいたというような記憶しかありません。僕は遊びで絵本や紙芝居を作ることもありました。「たろうしんぶん」を作って親戚に送ったりもしていました。発行元はいつもたろう社でした。ゴミを捨てない父は、僕の絵や新聞も、もちろん捨てずに取っていて、親子展には作品として並びました。創作の結果よりも過程を楽しむことができるのは僕の一生の財産となりました。友達のお父さんとはどこか違う父、へんであることは誇らしくもありながら、普通の父への憧れもありました。そんな父との関係も絵本や紙芝居を読まなくなる年齢になると距離ができ、あまり話さなくなりました。僕は芸人の道に進みますが、いつからかマンガを描き始めます。同じような仕事が嬉しかったのか父は「これを読んで『大家さんと僕』の次は『お父さんと僕』描いたら」と売り込んできたほどです。その時父が渡してくれたのは「光子ノート」、「たろうノート」という大学ノートに描かれた父の育児をしていた頃の絵日記のようなものでした。姉と僕との日々を、誰に読ませるためでもなく父が毎日描いていたそのノートは全部で40冊以上ありました。「たろうノート」は三冊だけでしたが……。描き込みの量も全然違いました。第二子あるあるですね。とにかくすごい物量のノート、こどもの姿をただ追い、世界と出会うその全てを書き残そうとするかのようなノートは圧倒的でした。

鈍器のようなノート

 父は岡山県の工業高校を卒業後、広島で東洋工業(現マツダ)の宣伝部に就職しますが、数年後上京、フリーのイラストレーターになります。ノートがはじまるのはその頃、父曰くどんづまりの日々で、仕事もなく、どう生きていいのかわからなかった。そんな時に母と結婚し長女光子が生まれます。父はもう一度生き直すようにノートを描いていきます。光子ちゃんが友達と遊ぶところを、お風呂屋さんに行くところを、はじめて字を書くところを……。父が当時、唯一ノートを見せた詩人の鈴木志郎康さんは「生きることの連続性がある」と言ってくれたそうです。その尊さ、美しさがノートの中にはありました。僕はこのノートを親子展に合わせて出版することにしました。全ページをスキャンしてトリミングして、結果オールカラー、992ページというどうかしている本になりました。すごい厚さ、重さ、もう鈍器です。

父・やべみつのり氏と(本人提供)

 こどもの全てを肯定するように描く父。光子ちゃんがカミソリで指を切ってしまって血が出たときも、数ページに渡って赤い色で血が描いてありました。父は体の中に血が流れていることにびっくりする娘に感動していたそうです。そういえば父からはおこられたことも、なにかをしなさいと言われたことも記憶にありません。

 絵柄が変化しながらも続くノート。いつしか父は絵本作家になり、母は新しいこどもができると光子ちゃんに告げます。

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source : 文藝春秋 2026年1月号

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