「人生を決めた本」というより「人生を決めたまえがき」とも言えるような、まえがきから始まる本があります。僕の人生が、そのまえがきから始まる本のようになっていたならいいなと思っています。その本はエーリヒ・ケストナーの『飛ぶ教室』(高橋健二訳、岩波書店)です。ケストナー少年文学全集の1冊である『飛ぶ教室』は何度も読み返していますが、初めて読んだのは小学生の時でした。クリスマス前のドイツの寄宿学校の少年たちや先生、近くの廃車になった車両に住むおじさんなどの心の交流が描かれて、賢さと勇気、正直であることなどお説教のようですらあるお話なのですが、心にスッと入ってくる名作でお読みになった方も多いのではないかと思います。なぜ僕の心にスッと入ってきたのか? 何度も読み返してしまうのか? とにかく、まえがきが素晴らしいんです。
まえがきにはこの本を書こうとしている作者ケストナーが登場します。クリスマスのお話を書こうとしているケストナー、でもなかなか書き出せないまま第一のまえがきは終わります。そして第二のまえがきが始まります。まえがきが2個あってもいいんだ! という自由さも当時の僕をワクワクさせました。第二のまえがきでケストナーは「ある著者からおくられた子どもの本」を読んでひどく腹を立てます。「子どもたちを騙して面白がらせる本」だったからです。ケストナーは言います。「どうしておとなはそんなにじぶんの子どものころをすっかり忘れることができるのでしょう」「子どもの涙はけっして、おとなの涙より小さいものではなく、おとなの涙より重いことだってめずらしくありません」と。そして約束させるのです。「みなさんの子どものころをけっして忘れないように!」と。小学生の僕、子どもの僕は、ああ、この人の本を読みたいと思いました。
もう1冊忘れられないまえがきがあります。それは正確には「レオン・ウェルトに」という献辞で、サン゠テグジュペリの『星の王子さま』(内藤濯訳、岩波少年文庫)です。そこには「おとなは、だれも、はじめは子どもだった。(しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない。)そこで、わたしは、わたしの献辞を、こう書きあらためる。子どもだったころのレオン・ウェルトに」。どちらのまえがきも大人になってから読むと違った形で胸に迫ります。でも僕は最初の気持ちで読まなければいけません。ケストナーと約束をしたのだから。
『ちびまる子ちゃん』のようなお話
さくらももこさんの『ちびまる子ちゃん』(集英社)を読んだ小学生の僕も同じことを思いました。この作者は子どもだったことを忘れていない! 僕たちのことをわかってくれている! というかこの作者はまだ子どもかもしれない! さくらももこさん自身の子ども時代をモデルにした小学生まる子と家族や、たまちゃん、藤木くん、永沢くんといった学校の友達との日々をギャグ満載で描いたマンガ『ちびまる子ちゃん』はセリフと共に登場人物の心の声がモノローグで表現されます。大人たちに子どもだけど大人びたことを言ってと、まるちゃんは言われてしまいますが、子どもだって言うよ! 思うよ! と当時読みながら僕は感じていました。大人や他人からしたら些細な出来事に思われてしまうようなことも『ちびまる子ちゃん』の世界では大事件でした。大人からしたら取るに足らないことも、大きなドラマで、喜びで、幸せでした。絵が上手くなくてもこんな風に日々をマンガにして面白い『ちびまる子ちゃん』はシンプルな線で僕でも描けそうと思わせてくれました。実際は昨年、展覧会で観たさくらももこさんの原画はとてつもなく上手く綺麗で大きな勘違いでしたが……。
吉本興業に入って芸人として舞台に立つようになった僕がネタの作り方もわからない中、最初の頃作っていたのは、相方と「矢部くん」、「入江くん」と呼び合い、小学生2人の日常やいろいろな遊びをするようなコントでした。吉本の劇場で月2回ほどの出番では、毎回『ちびまる子ちゃん』のような「矢部くん」、「入江くん」のお話の新作を作っているような気持ちでした。
なんていう風に「人生を決めた本」について書いていると、人生のあとがきを書いているようになってしまいそうになります。最近は僕も仕事のために本を読むことも増え、目次とあとがきで大体の流れを掴んで本文は流して読む。そんな読書もするようになってしまいました。
そうであってはいけない気がします。この文章が、まだまだ続く人生のまえがきになるように。
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