漱石『夢十夜』に精読を学ぶ

川島 真 東京大学教授
エンタメ 読書

 学術の世界に身を置くと本の読み方が変わる。著者の問題意識、先行研究の批判、課題の解決方法、実証過程、自らのオリジナリティの説明(結論)。こういった要素を読み解くのが「構え」になるからだ。

 こんな本の読み方は、幼少期から続けてきたはずの「読書」とは言えないのだろう。ただ、研究者になってから、「読書」をしなくなった訳でもない。今回この小文の執筆の機会をいただいて考えたのは、これまで本とどのように関わってきたのか、その関わり方が自分の中でどのように変化してきたのか、ということだ。はなはだ「自分目線」だが、その時々の本との接し方、その軌跡について記してみたい。

川島真氏

自由と規律―イギリスの学校生活』(池田潔、岩波新書)。初めて手に取った岩波新書だ。自由と規律が表裏一体であることを学ぶことができたのかさえ覚えていないが、「おはなし」ではなく、論説の楽しさを知った気がする。ただ、この書籍を薦めてくれた祖父は青年期に差し掛かっていた孫に対して、「(市民社会における)自由とは何か」を知らせたかったのではないかとも思う。

 中学高校の頃、小説を読み耽っていたが、常に作品に強く感情移入した。中でもロシア文学への傾倒は激しかった。ツルゲーネフ『父と子』(米川正夫訳、新潮文庫)は、父には申し訳ないが、父親への見方を大きく揺さぶられた。

文鳥・夢十夜』(夏目漱石、新潮文庫)、特に「夢十夜」の方は初めて「精読」の仕方を教わったテキストだった。高校の時に知った、単語1つ1つを読み解くような本の読み方は、その後の人生にとって大きな衝撃だった。本の内容はもとより、さまざまな読み方、接し方を知るという点で、忘れられない本である。

 E.H.カー『危機の二十年―理想と現実』(原彬久訳、岩波文庫)。同じ著者の『歴史とは何か』とともに、歴史と現在との間の緊張感について、また歴史を研究する意味について教えてくれた本だ。高校生から大学生になる時期に何度も読んだ。この頃、本は「知識」を得るものだと思っていたような気がするが、それでも歴史を知る意味とか、歴史「研究」の意味を考える契機を与えてくれた。

偉大な先人は誰と闘ったか

 高校の頃まで、自分が中国のことを主に学ぶことになるなど想像だにしなかった。最初に読んだ中国関連の専門書は『現代中国論―イデオロギーと政治の内的考察』(中嶋嶺雄、青木書店)だったか。この本はその増補版と共に、当時多くの人が抱いていた中国観、とりわけ社会主義中国に対する共感に強い疑義を呈するものであった。これは「日中友好」への疑義でもあった。客観的、実証的に中国を見る必要性を強調し、「中国への思い」というバイアスを批判する。先行研究との違い、オリジナリティは何か、ということを本に求めるようになり出した頃にこの本に出会い、強い印象が残っている。そもそもこの本が修士の学生の書き下ろしというのが驚きだった。

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source : 文藝春秋 2023年5月号

genre : エンタメ 読書