大正二年、四十六歳になっていた漱石は、昔の教え子からの手紙を受けとった。彼はそれにすぐ答える。
「あなたの著作が届いてから返事を上げようかと思っていましたが、あまり遅くなりますから手紙だけのご返事を書きます。
私はあなたの手紙を見て驚ろきました。天下に自分の事に多少の興味を有(も)っている人はあっても、あなたの自白するような、殆んど異性間の恋愛に近い熱度や感じを以て自分を注意しているものがあの時の高等学校にいようとは、今日まで夢にも思いませんでした。それをきくと何だか申訳のない気がしますが、実際その当時、私はあなたの存在をまるで知らなかったのです。和辻哲郎という名前は『帝国文学』で覚えましたが、覚えた時ですら、その人は自分に好意を有っていてくれる人とは思いませんでした。
私は進んで人になついたり、また人をなつけたりする性(たち)の人間ではないようです。若い時はそんな挙動も敢てしたかもしれませんが、今は殆んどありません。しかし今の私だって冷淡な人間ではありません。あなたに冷淡に見えたのは、あなたが私の方に積極的に進んで来なかったからであります。
私が高等学校にいた時分は、世間全体が癪に障ってたまりませんでした。そのために、からだを滅茶苦茶に破壊してしまいました。だれからも好かれてもらいたく思いませんでした。私は高等学校で教えている間、ただの一時間も学生から、敬愛を受けて然るべき教師の態度を有っていたという自覚はありませんでした。従ってあなたのような人が校内にいようとは、どうしても思えなかったのです。けれどもあなたのいうように、冷淡な人間では決してなかったのです。冷淡な人間なら、ああ肝癪は起しません。(二行略)
私はあなたを悪(にく)んではいませんでした、しかしあなたを好いてもいませんでした。しかしあなたが私を好いていると自白されると同時に、私もあなたを好くようになりました。これは頭の論理で、同時にハートの論理であります。御世辞ではありません。事実です。だから、その事実だけで満足して下さい。
和辻哲郎様 夏目金之助」 この手紙が書かれてから半年後、朝日新聞紙上で『こころ』の連載が始まる。おそらく漱石の頭の中ではすでに、どのような内容にするかの考えはできていたにちがいないが、具体的な構成となると、はっきり決まってはいなかったかもしれない。創作者には、何かのきっかけがあって始めて、書ける、と気づく瞬間があるものだ。『こころ』は全篇を通して、先生、私、Kと男たちの存在感は強烈なのに、なぜか先生の妻であり問題の原因でもあった「奥さん」の存在感は弱い。と言って、プラトニック・ラヴはここでは本流ではない。しかし、最初から最後までを通して、底流ではある。そして『こころ』が発表されてから二年後、今度は漱石のほうから手紙を書く。相手は、漱石の自宅で週に一度開かれていた会合に顔を出し始めたばかりの芥川龍之介。まだ大学生の二十四歳。
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source : 文藝春秋 2023年5月号