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柄谷行人さんの意外な素顔

編集長ニュースレター vol.16

新谷 学 文藝春秋総局長
ニュース 社会 政治

 いつもご愛読いただき、ありがとうございます。

 発売中の3月号の中で、編集部内ですこぶる評判がよかった記事が柄谷行人さんのインタビュー「賞金1億円の使い途」です。柄谷さんと言えば、日本を代表する思想家・哲学者で、昨年12月に「バーグルエン哲学・文化賞」を受賞しました。この賞はアメリカのシンクタンクが「哲学のノーベル賞」を目指して創設したもので、賞金はなんと100万ドル!(受賞時の為替ルートで約1億4千万円)。

 世界的な哲学者の金銭感覚に興味がわいた私は、すぐに賞金の使い途についてインタビューを申し込むよう現場に伝えました。

 柄谷さんも我々のインタビューにあっけらかんとこう語っています。

「私自身、やはり賞金に驚きました。この取材が来たのも、その力でしょう(笑)」

 その気になる使い途についてはぜひ誌面でご確認いただきたいのですが、私を含めて編集部員が揃って興味を抱いたのが柄谷さんの意外な素顔の数々です。

 少年時代は野球少年で、兵庫県の甲陽高校時代はバスケットボール部のキャプテンを務めたというから、なかなかのアスリートです。

 しかも球技の他に得意だったのは数学で、全国模試のようなテストで1位になったこともあったとか。理系に進まなかったのは、将来の選択肢が減るからだそうです。

 東大在学中に「漱石試論」でデビューした頃から「行人」というペンネームを使っており、その理由をご本人はこう語ってくれました。

「本名(善男)がいやだったからです。その理由は言うまでもないでしょう(笑)」

 他にもブント時代の話など、興味深いエピソードがたくさんあるのですが、私自身が一番驚いたのは、柄谷さんの簡明な説明のお陰で、理解不能とあきらめていた「交換様式論」がなんとなくわかったような気がしたことです(笑)。

 最近、放送法の政治的公平性が国会でクローズアップされましたが、3月号では日本共産党を除名されたばかりの松竹伸幸さんと齋藤幸平さんとの対談「シン・日本共産党批判」を掲載しています。

 このお二人も、柄谷さんも、保守とリベラル、右と左に分ければ、明らかに後者の方々であろうと思います。

 一方で、今月号では東浩紀さんとの対談「激論!戦争・正義・平和」に登場し、2月号では「新・富国強兵論」を寄稿している先崎彰容さんは、前者に違いありません。同じく2月号の「防衛費大論争」には、萩生田光一さんや中西輝政さんという保守派の政治家、論客も登場しています。

 右でも左でもなく――。

 これこそが「文藝春秋」が創刊以来、最も大切にしてきた理念です。

 私は「週刊文春」編集時代、現場の記者、デスクにこう言い続けてきました。

「我々は右でも左でも、右翼でも左翼でも、与党でも野党でもない。常に“ど真ん中”を目指そう」

「文藝春秋」が創刊15周年を迎えた昭和12年、創業者の作家・菊池寛はこんな文章を残しています。

「左傾せず右傾せず、常に良識と良心とを以て、編集の方針としている。(中略)今後ともジャーナリズムの立場から、時勢時流の変遷に、ある程度に順応して行くつもりであるが、しかし根本精神は、中正な自由主義の立場にあって、知識階級の良心を代表するつもりである」

 メディアもその読者も、とかく分断されがちな今の時代にこそ、噛みしめたい言葉です。

 文藝春秋編集長 新谷学

source : 文藝春秋 電子版オリジナル

genre : ニュース 社会 政治