視聴率三冠王──、新しい文化を発信した、かつての栄光はいずこへ

夏休みの観光イベントでにぎわう台場から都心の高層ビル群まで渡す優美な吊り橋、その下できらめく海面を行き交う大型客船やタンカー――。フジテレビ本社オフィスタワーの地上二十階にある広い応接室からは、まるでリゾート地と大都会が一体と化した東京湾岸の風情を観望できる。七十五歳の日枝久はその大きな窓を背にし、ソファーに深く身を沈めた。持ち株会社フジ・メディア・ホールディングスと事業会社フジテレビジョン両方の代表取締役会長を兼ねるグループ総帥だ。
「今日は何でもお聞きになって結構です。現存している人のプライバシーは控えさせていただくかもしれませんが、その他についてはお答えします」
ときに冗談を交え、それでいて慎重に言葉を選びながら、日枝は長時間のインタビューに応じた。
二〇一三年三月期の連結売上げ六千三百二十億円。フジサンケイグループは、日テレの三千二百六十四億円など他局と比べ事業規模で群を抜いている。が、本業の生命線である視聴率競争では冴えない。十九時から二十二時までのゴールデン、十九時から二十三時までのプライム、六時から二十四時までの全日という「視聴率三部門」で、一昨年、七年死守してきたトップを日テレに奪われ、昨年はテレ朝にも後れをとって民放三位に甘んじている。
日枝久は編成局長時代の一九八二年、初めて視聴率三冠を獲得し、以来三十年の間、日テレと争いながら十九年も三冠王の座をもぎ取ってきた辣腕の民放経営者だ。八八年に社長に就任してから、実に四半世紀にわたり、トップとして経営のハンドルを握ってきた。そのフジテレビの視聴率が、かつて味わったことのない凋落を見せている。インタビューはそこから始めた。
いつまで会長を続けるのか
――まずは現在の視聴率、業績不振原因についての分析、反省点について。
「私は編成局長時代から、テレビが多チャンネルになり、放送と通信がせめぎ合う中で勝つためには、視聴率だけで競う広告収入だけではなく、総合的な売上げ、利益で競うようにしよう、と言い続けてきました。フジテレビを中心にしたメディアのコングロマリット(異業種経営企業体)をつくろうと社員を鼓舞してきました。が、やっぱりテレビはグループの中核です。視聴率が下がると、外から『あそこの局は元気ない』と言われます。
七年間視聴率三冠を守って来た。その前が日テレ、さらに日テレの前の約十年はうちがトップでした。私はこの七年間、ちょっと社内が疲れてきているかな、と感じてきました。視聴率がいいと、やはり保守的になり、何かを変えるにしてもものすごく臆病になる。そして案の定、二〇一一年に日テレに抜かれ、一二年になれば少し回復するかなと思ったら、今度はテレ朝との三つ巴になった。ここらで手を入れないとまずい、と思っています。
そこで今度の(六月の)株主総会で、メディアコングロマリットと放送事業を分けた。グループ全体を束ねるメディア・ホールディングスと現業の事業会社であるフジテレビを分離したのです。これからはますますテレビだけじゃ食っていけない時代になるので、時代の変化に対応しながら、全体の経営の多角化をやっていこう。ただし、メディア・ホールディングスの中核であるフジテレビは、グループの半分以上の利益をあげている。そこに金属疲労が見えてきた。だから、もう一度テレビ会社の原点に戻ろうとしています。組織を変えてどうこうじゃなく、空気を変えてみる。そのために分けてみたという順序かもしれません。亀山君(千広社長)がテレビの最高責任者、太田君(英昭社長)がメディア・ホールディングスで全体像を考える形に変え、今、スタートしたところです」
〇一年七月に日枝久が社長から会長に就任して以来、フジテレビの社長は村上光一、豊田皓、そして今度の亀山で三人目だ。なのに、会長だけは代わっていない。
――取締役人事を巡っては、長すぎる日枝体制が組織の硬直化を招いているという指摘がある。
「放送業界からすれば、そういうご批判もあるだろうとは思います。しかし、社長と会長の業務はまったく異なる。社長は毎日、目の前の視聴率で悩み、ストレスを抱えてたまらなく疲れるわけです。だから若くないとやれない。一方、会長である私はテレビの編成や番組づくりに一切口を出しません。グループ全体の方向性を決め、それから投資やM&A(企業買収)といった資本関係や外部との関係の仕事をする。従って番組の企画やタレントの起用などは、すべて現場に任せ、番組制作のプロダクションの担当者に会うことなど、この十何年ありません。ジャニーズ事務所社長のジャニー(喜多川)さんや(姉の)メリー(喜多川)さんとも会っていない。去年かおととし、ジャニーさんが演出した帝劇の芝居で会ったくらい。渡辺プロの渡邊美佐さんとは昔話をするだけで仕事の話なんてしない。社長は業務執行の最高責任者ですから、一切任せています」
――今度の役員人事では、豊田前社長が会長ではなく、社長と会長の中間の副会長ポストに棚上げされた、という声もある。この際、会長ポストを豊田氏に譲る選択肢もあったのでは?
「社長をやったら次は会長という順序、社長の延長が会長という日本企業の考え方が良いのかどうか……。副社長が会長をやってもいいし、社長が顧問になってもいい。その時に合った人が会長として、グループ全体の基盤整備のための使命を果たせばいいのです。事業会社社長の亀山君も持ち株会社の太田君も新任だし、組織も持ち株会社と事業会社の分離に慣れていない。これから相当な調整が必要です。豊田君は両社の経験者ですから、副会長としてそういう調整役をやってもらいます。いわば会長補佐として。
人事の選択肢はたくさんあります。うちだけの特殊性かもしれないけれど、会長は長く務めざるを得なかった。二十年位前から社内はいろいろありました。私もそこ(オーナー家の鹿内宏明のグループ議長解任)に噛んでいた一人だった。また、ひょっとするとフジテレビおよびフジサンケイグループはライブドアの堀江(貴文)さんや村上ファンドの村上(世彰)さんに持っていかれたかもしれない。社内は混乱し、そこから組織としての基礎をつくり、道筋をちゃんと付けないと、僕は無責任になる。辞めていった人や遠いところで批判する人がいるかもしれませんが、いいところまで来ているなというのが今の実感なんです」
――まだまだグループとしての基盤は安定していない。だからみずからがトップとして組織づくりをしていく必要があるということ?
「まだまだ、とは言わない。まだ、です。もうちょっとのところまで道筋が来ていると思います。やはり僕がこういう立場(会長)にいながら、豊田君が補佐していくことが、うちにとって適切な人事配置だ、と判断しました。長過ぎるという批判と会社の維持とのどっちを大事にするか、私は会社を維持するほうを取りました。だからこれが失敗すれば、完全に私の責任です。経営判断基準は単に視聴率だけではなく、総合的な売上げと利益です。六千三百億円ある連結売上げが、来年は六千四百億円になる予定です。他社に比べ二千億円以上上回ると思います」
「母と子のフジテレビ」から「楽しくなければテレビじゃない」と軽佻浮薄路線へキャッチフレーズを変え、隆盛を極めたフジテレビ。隆盛を支えてきた最大の功労者が日枝久なのは、自他ともに認めるところだ。しかし、本人が金属疲労と認めた視聴率の凋落もまた、日枝体制が呼び込んだ現実である。体制そのものが古く、硬直化しているという指摘もしばしば耳にする。
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source : 文藝春秋 2013年10月号