青春期に出会った本が、思いがけず一生を決定することがある。中学高校の授業で「やむなく読まされた」本が、研究者と社会貢献という生き方を導いてくれた。1968年の秋、筑波大学附属駒場中学の理科の先生は、邦訳されたばかりのジェームス・ワトソン著『二重らせん』(講談社ブルーバックス)を冬休みの課題図書に指定し、私たち1年生に購入させた。
科学の世界には100年に1度起こるかの劇的なドラマがある。生命の遺伝を司るDNAの二重らせん構造を発見したワトソン博士が、ノーベル生理学・医学賞を受賞するまでの経緯を赤裸々に描いた。私にとって小遣いが減るのは大いに不服だったが、一読して生命の不思議に惹き込まれた。自然は何と精妙にできているものか!
もう1つ、科学者が熾烈な競争をする姿に驚いた。その人間模様はフィクションより断然面白い。研究者になったらエキサイティングな人生が待っていそうだ。同じ感想を持った同級生は20年後に脳外科医になり、私は火山学者になった。
高校生になると英語の授業で、バートランド・ラッセル著『幸福論』(岩波文庫)を読まされた。授業が退屈だったので私は勝手にテキストを読み進めていった。文意が明快でウイットに富み、「英語なのに」するすると頭に入る。
教科書の英文で興味を持てるものなど皆無に等しかったが、ラッセルは格段に知的でセンスが良い。おかげで英語がいっぺんに好きになり、後に米国カスケード火山観測所へ2年留学した折には、古書店に立ち寄り原書を買い集めた。
本書には人生を気分や感情に任せるのではなく、理知的に扱う姿勢が貫かれている。ドライな人生論は日本の風土と正反対のもので、理性の働きを重んじる「主知主義」に私は限りない親近感を覚えた。
一方、著者はゆっくりと流れる時間軸で世界をとらえる。「私たちの生は〈大地〉の生の一部であって、動植物と同じように、そこから栄養を引き出している。〈大地〉の生のリズムはゆったりとしている」。後年、地球科学を専門にする萌芽を与えられた。
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source : 文藝春秋 2023年5月号